『労働契約法』で終身雇用になったのか

 

鮑栄振
(ほう・えいしん)

北京市の金杜律師事務所の弁護士。1986年、日本の佐々木静子法律事務所で弁護士実務を研修、87年、東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。

 現在、外資系企業を含む中国のすべての企業が最も注目している問題の一つは、使用者の人事労務管理に大きく影響する『労働契約法』が施行された後、それに基づく新たな労働制度にいかに対応すべきか、ということだろう。

 

 2007年6月29日、中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は、『労働契約法』を採択し、公布した。これに関する中国での報道は、この法律は労働者側の権利を大幅に強化しているが、企業側の利益にも十分配慮し、調和のとれた法律になっているという基調のものが多かった。これに対し日本での報道は、労務管理や労使関係における使用者の負担が著しく増大することを強調するものが多いようだ。

 

 例えば、『日中経済通信』は、7月2日の記事の中で、「中国 終身雇用求める『労働契約法』可決、来年から施行」「労使間で終身雇用契約を結ぶよう求め、違反した場合の雇用者への賠償金の支払いも義務付けた」と報道している。また『日本経済新聞』は「中国の全人代常務委員会で、労働者の解雇を制限する『労働契約法』が可決、成立した。2008年1月から施行する。事実上、労使間で『終身雇用』契約を結ぶよう求め、違反した雇用者に賠償金支払いを義務付けた」と報じた。

 

 このように、『労働契約法』は「事実上、終身雇用契約を結ぶよう求めている」という報道に接して、ある日系企業の本社では、中国事情にさほど通じていない者から「中国でも解雇できなくなったのか」との声が上がり、中国における事業展開を案じているという。

 

 ここにいう「終身雇用」とは、勤続10年、または2回連続して固定期間労働契約(期間の定めのない労働契約)を締結した場合において、労働者と無固定期間労働契約を締結する義務を課せられた雇用形態をいう。このような無固定期間労働契約の成立範囲の拡大は、使用者の頭を悩ませる原因の一つとなっている。

 

 そこで、無期限労働契約になることを防止する対策として、労働者との労働契約が満了するのに合わせ、労働者との労働関係を、労働者派遣へと切り替えることを検討している企業がある。しかしこの手法は、脱法行為として無効と認定されるおそれがある。

 

 この点については、2006年度の10大労働紛争事件の一つとして知られる事例を紹介したい。

 

 北京ケンタッキー有限公司は、10年以上にわたり、事実上の労働関係のあった従業員の身分を、派遣企業の派遣労働者へと切り替え、その後、この従業員の職務上のミスを理由に解雇した。このためこの従業員は、11年の勤務年数に応じた補償金2万元余の支払いを求めたところ、労働契約がないため労働関係もない、として補償金の支払いを拒否された。

 

 解雇された従業員が提起した仲裁・訴訟第一審は、北京ケンタッキーの主張を認め、北京ケンタッキーが勝訴した。しかし、多くの学者や専門家は、事実上の労働関係のあったにもかかわらず、偽の労務派遣に切り替えたとして、北京ケンタッキーと派遣企業との派遣契約は無効であるとの見解を示した。

 

 そこで、第二審において、北京ケンタッキーは、事実上の労働関係があったことを認め、この従業員と和解した。

 

 実は、無固定期間労働契約は、決して終身雇用ではなく、固定期間労働契約と同じく解除が可能である。両者の違いは、次の点にある。すなわち、これまでの労働契約は一年単位で締結されるのが普通であったため、使用者は、契約期間の満了を待ってさえいれば、契約終了という形で労働者を解雇することができた。しかし、今回の立法で、労働契約の期限が無固定となったことにより、従来のような「年に一度やって来る解雇のチャンス」がなくなった、ただそれだけの違いにすぎない。

 

 したがって、無固定期間労働契約を恐れる必要はない。すでに適正な人事制度や評価制度を確立している企業であれば、さほど大きな問題はないと考えられる。ある日本の専門家は、今回の『労働契約法』の成立は、全体的にみて、日系企業が恐れるべきものではなく、長期的にはメリットの方が大きい、と指摘している。筆者もこの見方に賛成したい。

 

人民中国インターネット版

 
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