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井村コーチが残した 「メッセージ」

中国国際放送局キャスター 王小燕

「中国が強くなれば、日本も負けずに強くなればよい」と語る井村さん

「持っている力をすべて出し切った。良い泳ぎでした。満足しました」

シンクロナイズド・スイミングの中国代表チームは、五輪の「チーム」種目で初めて銅メダルを手に入れた。さらに地元開催の五輪でメダルを獲得する夢をかなえた。その夢を支えてくれたキーパーソンは井村雅代ヘッドコーチである。「おめでとう」の電話をかけたら、冒頭の言葉が、ほっとした声で返ってきた。

去年6月、中国国際放送局(CRI)とNHKの協力番組「中日インターネット対話」に出演していただいたことがきっかけで、五輪開催前まで何度かお会いすることができた。

「両国の人に、何かすごいメッセージを残したい。五輪が終わってから、日本と中国は良い交流をしたな、と言わせたい」。井村さんはそう語っていた。そのメッセージとは何か。

■普通の市民と通い合う心

井村さんの中国での1年8カ月は「五輪漬けの毎日」だった。念願の故宮や北海公園の観光は、五輪終了後にやっと実現した。

その日、北京は台風一過後の澄み渡る青空だった。北海公園の入り口の広場で白髪の男性が自作のスポンジ筆に水を含ませ、地面に文字を書いていた。井村さんも筆を貸してもらい、「シンクロナイズド・スイミング」の中国語を書いてみることにした。しかし、正しくは「花様遊泳」だった漢字が、私の説明不足で「華様遊泳」になった。間違いが指摘され、井村さんは急いで書き直した。今度は男性が筆に水をつけ、それぞれの書の傍に「4.5」「5」と点数をつけ、「秀麗な字です」と親指を立てた。

「テレビで見ていましたよ。きれいな演技で、楽しませてもらいました。どうもありがとう!」

笑いながら、二人は手を握り合った。テレビで中継された時に映った井村さんの笑顔と、そこに込められたメッセージは、普通の市民の心にもしっかりと伝わっていたようだ。 

■「鬼コーチ」と気さくな仲間

井村コーチはどのようなコーチなのか。九人の選手たちは共通して「手加減しない鬼コーチ」と言う。「またぜひお会いしたいが、練習はもうやめようね」と言う選手もいたほどだった。しかし、もう一方では、観察力が細やかで、いつも冗談を言ってみなを笑わせる、気さくな仲間というイメージも強かった。

キャプテンの張暁歓さんは「チームの中心になる方法を教えてくれました」と言う。井村コーチとの初対面は、二〇〇二年の釜山のアジア大会だった。地元韓国の強い声援に気押されし、戦う意欲を失っていたところを、通りかかった日本の井村コーチから「ネバー ギブアップ!」と一喝された。「再び闘う意志がよみがえり、銀メダルを獲得できました。生涯忘れられない思い出です」と言う。

中国代表チームには四川省出身の選手が三人いる。成都生まれの蒋文文、蒋婷婷姉妹と王娜さんである。五月、四川大地震が突然起こった。三人は「食堂でテレビを見ながら泣き崩れた」という。

気持ちを落ち着かせようと、井村コーチは阪神大震災の時の自らの体験を語った。「明るいニュースを故郷に伝えよう。あなたたちの頑張りがみなを元気づける一番の方法です」

王娜さんは「外国人のコーチが私たちと抱き合って、いっしょに泣いてくれました。想像だにしなかったので、心を打たれました」

一番小柄の顧貝貝選手は、言葉が通じないハードルを乗り越えようと懸命だった。井村コーチの著書『愛があるなら 叱りなさい』を自費で翻訳した。その訳本はチームの中で回覧された。「それでコーチの気持ちを理解することができた」という。

故宮を観光する井村さん(左)と筆者

■中日の相互理解の窓

「ありったけの技術を中国に伝授してくれた。素晴らしいコーチに恵まれ、幸せだった。双方の協力はとても楽しかった」。国家体育総局水球シンクロ部の俞麗部長は井村コーチをこう評価した。

一方、井村さんの北京での友人で、元ソフトボール中国代表チーム監督の李敏寛氏はこう語る。「苦労は一言も語らず、いつも微笑んで、明るい話しかしない。常に前向きの姿勢で、強い心を持ち続ける人だ」

井村さんが中国に残したものは、シンクロの技術や五輪のメダルだけでない。それ以上に、両国の人々に、相互理解の「窓」を開けたと私は思う。

北京のあるスポーツ愛好者はこう言う。「中国が強くなるのを穏やかな気持ちで見る事のできる日本人がいることを知った。私が今まで日本を見る目に偏りがあったようだ」

また北京在住のある日本人シンクロ愛好者も自分の気持ちの変化を素直に語った。「最初は、井村さんが中国に来るのに反対でした。しかし、その考えを知るのにつれ、納得しました。中国チームがメダルを取った瞬間、涙が出てしまいました」

井村さんは自分の中国代表ヘッドコーチ就任に反対する声に対し、こう反論する。「中国がとめどなく強くなるのでは、という恐怖心があるのではないでしょうか。むしろ中国が強くなれば、日本も負けずに強くなればよい。お互いに切磋琢磨して、さらに上を目指していけば良いのです」

これはスポーツに限ったことではない。すべての分野での中日交流に言えることではないか。井村さんはそれを分かりやすく説いたのだった。 

■アジアの一番が世界の一番に

今回の北京五輪は、井村コーチが中国チームに加わったことで、シンクロ競技は「中日間の戦い」としてマスコミの注目を浴びた。しかし井村さんは、このような捉え方を快く思っていないようだ。

表彰式で国旗の掲揚を見ながら、井村さんはこう思ったという。「アジアの国は三位争いに甘んじて良いのか」

「一位がロシアで、二位がスペイン。いつか、ここに中国と日本が二つとも並ぶようになりたい。アジアの一番が、世界の一番になろう」

井村さんは帰国後も、中日のシンクロ交流に尽すつもりだ。

「私がここに来たのを機会に、これまでになかったほどたくさんの交流をしていきましょう。中国と日本はいまさら肩をいからせて、赤い絨毯の上で『中日交流』なんて言うほうがおかしいんじゃないかなと思っています」

相手の成長を受け入れる。世界という大きな舞台で、競争を通してともに進歩する。井村さんが中日双方に残したい「すごいメッセージ」とは、きっとそんなところにあるのではないかと思う。

 

人民中国インターネット版 2009年1月14日

 

 

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