遼・金王朝 千年の時をこえて 第3回

 

 宋王朝が中国の南部で栄えていた頃、中国北方はモンゴル系の契丹人によって建てられた遼(907~1125年)と東北部から興ったツングース系女真族の金(1115~1234年)の支配するところとなっていた。これら両王朝の時代に、北京は初めて国都となったのである。

 

女真族の祭りに招かれる

女真族のシャマンの衣装を着けた若い踊り手たち 阿骨打廟に参拝する3人の完顔氏代表

女真の人々は中国東北部の森林地帯で狩猟を生業としていた。女真族は大別して2つの部族から成っていたと言われる。「熟女真」は契丹や渤海の近くに居住し、その文化的影響下にあったが、北部の「生女真」は文化的には未開の状態にあった。10世紀以降、この「生女真」は完顔氏の統治下に置かれていた。この地の伝説では3人の兄弟がそれぞれ、朝鮮、渤海、東北地方北半に居を定め、末弟が完顔氏の女を娶って、首長となり、その血統が世襲的に部族の長となったと伝えられている。この部族の居留地は按出虎水(ツングース語で「黄金」を意味する。現在の阿什河)のほとりにあった。

阿城の近郊を流れる阿什河(金代の按出虎水)

「生女真」は遼王朝の下では、契丹に隷属していたが、それなりの独立性を維持していた。女真族連合体は12世紀初頭、強烈なカリスマと聡明さを兼ね備えた完顔阿骨打を指導者として統一された。阿骨打は遼の皇帝の宴席で、他の部族長が皆、余興を強要された際に、これを断固拒否した反骨の士であった。

女真族の間に遼の抑圧と苛斂誅求に対する不満が高まっていた状況の下で、阿骨打は強力な指導力を発揮し、1115年「大金国」を打ち建て自ら皇帝を称した。金という王朝名は女真の故地を流れる按出虎水から採ったものである。阿骨打軍は、7年に及ぶ戦いの間に、急襲に次ぐ急襲で、契丹の城市を次々に攻め落として行った。

虎の石像等。金上京跡の出土品
阿骨打は宋との間に、領土の保全と金への年貢の支払いを取り決めた重要な協定を締結した直後の1123年、勝利の絶頂期に55歳で世を去った。彼の帝国は遼の版図を全て取り込んだばかりでなく、南宋の領土の一部もその支配下にいれていた。

2004年、私は金上京の例祭に招かれ、ハルビンの南西約40キロに位置する阿城市へ赴いた。ホテルの部屋から賑やかな大通りを見下しながら、私は金時代の広大な森林はどの辺りだったのかと考えを巡らせた。阿骨打陵の広場で執り行われた式典では、3人の完顔氏の代表が進み出て、偉大な先祖、金太祖に三拝し、香を捧げた。

最初の一人は、ハルビン在住の満州族の老人、次いで甘粛省完顔村からの参列者、3番目は完顔氏と縁戚の福建省粘氏の代表が台湾から参加したのであった。

彼らは皆、阿骨打を情深く志操堅固な領袖として尊敬し、1123年に遼南京(現在の北京)を軍の先頭に立って攻め落とした勇猛な英雄として讃えていた。墓陵の前に築かれた長い祭壇の上には、山羊や熊、鹿の頭、そして魚、果物、野菜、ブドウ酒等が供えられていた。

太祖阿骨打をしのばせる女真戦士の石刻の拓本。金上京博物館展示

舞踊団の若者たちは、シャマンの装束を身につけ、太陽神に捧げる踊りを披露した。若い踊り手たちは鹿の角のついた帽子を被り、太鼓を打ち、鈴を鳴らしながら踊り回った。遠い昔、この同じ踊りが獣皮を敷きつめた玉座に坐った阿骨打の面前でも演じられたのであろう。

阿城からさらに2キロほど南へ行った所に、阿骨打が築いた周囲約10キロの金上京の遺跡が残っている。9世紀を経て風雨に浸食された粘土作りの城壁の上を歩くと、その内側はかつて城市であったところが今では茫漠たる畑地に変わっている。皇城の跡も多少残っており、低い丘に登ってみると山羊が王宮の跡地で草を食んでいた。

この地で発掘が行われた際、鏡、銀食器、金箔の仏像、玉で飾った皮帯止め、龍の彫刻のある瓦、戦士の石像等が出土したと言われる。

もっとも貴重な出土品とされるのは、1956年に出土した皇帝の馬車の中から発見された「銅坐龍」である。この「銅坐龍」は今や金時代の文化のシンボルとして、近くにある金上京歴史博物館に展示されている。

阿城を去るにあたり、私は日程をやりくりして阿什河を見に出かけた。この河を眺めながら、はじめて私の心の中に往時の金王朝が自然なままの姿で再現されるのを感じた。その時、驚いたことに、河岸に日本の神社の鳥居が立っているのが目に入った。恐らくかつての日本の占領時代の遺物であろう。その歴史的経緯はともかく、この鳥居は私に聖なる大地とその意味するものについて考えを新たにする啓示を与えてくれた。阿城を訪れた機会に私は、古来の祭礼、シャマンの踊りをこの目で見、金上京の大きさを実感し、この地の精神的守り神であった「銅坐龍」を見ることができた。そしてこの得難い経験を通して、私の心に再び金王朝の歴史に対する尽きぬ興味が湧き上がって来た。(阿南・ヴァージニア・史代=文・写真)

 

人民中国インターネット版 2009年4月30日

 

 

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