日本で暮らす中国人にとって、日本のサービスは、ほとんどの人間にとって印象深い。
店に入れば店員は一人の例外もなく、心を込めて“いらっしゃいませ”と挨拶する。店を出る時には“また、よろしくお願いします”と丁寧に見送ってくれる。まさに至りつくせりである。そのうえ、買った品物は特に理由がなくても返品でき、電気製品は、保障期間を過ぎても無料で修理が受けられこともある。このような人間味あふれるサービスは、日本ではよく遭遇するものである。
ただ、このサービス天国において、唯一の例外は銀行である。
中国人である私の眼に映る日本の銀行はまさに「官老爺」だ。
中国においては「官老爺」は、お高くとまっているうえ、怠惰で、顧客のニーズをまるで考えない様子を表す。
かつて中国の国営商店の一部の店員は、「官老爺」と呼ばれた。国営商店では品物が売れようと売れまいと、店員の給料は変わりなく、彼らは顧客にサービスする気がまるでなかった。70年代に中国を旅した日本人がこれについて書いた文章は少なくなく、誰が“お客様”なのか分からなくなるような、彼らとのやりとりを残している。
現在、中国では「官老爺」はすでにほとんど見られなくなっている。逆に少しでももうけるために、度の過ぎた熱心さの者は少なくない。店員のなかには道端に出て客をつかまえ、なんとしても入店してもらおうする者までいる。
このように話すと、日本の銀行に勤める友人は不満そうだった。日本の銀行は競争が激烈である。「官老爺」になど、なれるものか?ほとんどの銀行は入り口に美しい女性スタッフを配し、彼女たちは精一杯気を配り、各種の手助けにあたる。その態度は悪いとはいえない。
実は日本の銀行が「官老爺」だというのには、別のわけがある。
日本についたばかりのころ、銀行が午後3時に閉まると聞き、不思議に思えた。日本の会社の多くは夜6時に退社であり、退社後に銀行にいって口座を開くのはまったく不可能である。ならば、早朝少し早く行ったら?と思うがこれも無理である。なぜなら日本の銀行は10時に始まり、多くの会社は9時からだからだ。
平日、銀行での手続きが無理なら、週末ならいいだろう?
申し訳ありません。日本のすべての銀行は週末は閉まっています。
このようにして、私は自分が奇妙な現象のなかにいるのに気づいた。自分が仕事に取り掛かると、銀行はまだ業務を始めておらず、自分が退社すると、銀行は先に閉まっている。日本の就業者にとって、銀行は特に申請して休暇をとってでもなければ、その門は、まるで映画のなかで見る恐竜のように、遠くから眺めるだけで近づけないものだろう。
この有様に、中国人は慣れない。まるで「官老爺」と付き合っているような気分になる。日本の銀行に比べ、サービス業として、中国の銀行は、朝は早く、夜は遅く、毎日、日本の銀行よりも3時間多く営業している。土曜、日曜も営業している──これは中国への旅行者や就業者にとって、間違いなくいい知らせである。
これはいったい、どういうことだろう?人権尊重のために銀行職員を時間どおり退出勤させているのだろうか?これも考えてみると違うだろう、日本の店では多くがかなり遅くまで営業しており、24時間営業の店までもある。銀行員の人権だけが尊重され、店員は尊重されない、ということはないだろう?
同じような状況は日本の政府機関と郵便局にもいえる。彼らは週末、大部分が閉まっている。これらの部門はすべて「官老爺」なのだろうか?
面白いのは、日本人は閉まっている銀行について街頭で抗議したりはしないことだ。
日本での生活が長くなるにつれて、ようやくこの件について理由が分かった。日本の社会に存在するこの特殊な現象は、中日の国情の違いに関係している。日本の家庭では、夫が仕事をし、妻が家庭内のことにあたる。ゆえに、銀行での手続き、政府関係部門の証明書をとる、郵便局で小包みを送る、などは妻が適宜いくもので、勤務時間以外に銀行にいく必要は必ずしもなく、銀行、郵便局、政府部門は週末や朝晩の残業をする必要はなく、開いていないからといって国民が不満を述べたてたりはしない。対して、中国の家庭は大部分が共働きであり、夫婦はともに仕事をし、手続き関係は休日などに行くしかない。もし中国の同じような部門が日本のやりかたになったら、社会危機をもたらすだろう。
日本の銀行を「官老爺」と呼んだのは、多少の誇張はあるとはいえ、国情を理解していなかったゆえである。
けれど、現在、働く日本の女性は年々増えている。いつか日本の銀行も中国の同業に注目するのではないか。
この問題について、外国人である私がただ一つ理解できないのは、日本の病院も銀行、郵便局、政府部門と開院時間が同じであることだ。夫が病気になったら、日本人妻が夫に代わり、病院にいって歯を抜いたり、注射したりするのだろうか?
だとしたら、日本人の妻は聡明、貞淑であるだけでなく、魔法も使える、ということだ。
薩蘇
2000年より日本を拠点とし、アメリカ企業の日本分社でITプログラミングプロジェクトのマネジャーを務める。妻は日本人。2005年、新浪にブログを開設、中国人、日本人、およびその間の見過ごされがちな差異、あるいは相似、歴史的な記憶などについて語る。書籍作品は、中国国内で高い人気を誇る。文学、歴史を愛するITプログラマーからベストセラー作家という転身ぶりが話題。 |
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人民中国インターネット版 2010年3月1日
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