皇帝のお茶  
 

文=ゆうこ イラスト=tama  監修=徐光

 羽田空港から2時間のフライト、降りたったのは中国の上海である。目的は他の乗客と同じく、上海万博だ。旅行社のPR広告には、“上海で楽しもう!万博、グルメ、中国茶”の文字が躍り、自然とわくわくした気持ちになってしまう。次々と目移りしてしまうような上海万博会場を後にし、茶館を見つけて一休み。なんとも心地いい時間が流れる。

上海には、中国茶を楽しむための場所がたくさんある。“茶館”“茶芸館”“茶楼”など呼び名はさまざまだ。大きなビルの中に入っている店もあれば、河辺や路地裏にひっそりと佇む店もある。しかし、店の大小はさておき、素朴な懐かしさのなかに、どこか品の良さが漂う、そんな雰囲気はどの店にも共通している。私たち外国人は、そんな空間にゆったりと身をゆだね、なんともいえない中国らしい雰囲気を味わうことが出来る。

 上海の周辺は中国茶の産地として有名である。杭州省西湖の龍井(ロンジン)茶、江蘇省太湖の碧螺春(ピルチュン)茶などが特に有名だ。私たち日本人に馴染みのある中国茶といえば、烏龍茶、プーアール茶だが、これらのお茶は、もともと中国南部の福建省や雲南省で生産されていたものだった。しかし、交通網の発達に伴い、中国の全国各地のお茶たちが上海に一堂に会する運びとなったのである。万博では世界に、上海では銘茶に出会うことが出来る。

手渡されたメニューを見ると、何百種類もの中国茶の名前が目に飛び込んできた。親切な店員さんが、中国茶の種類は、約4000種もあり、ここにあるのはその中のほんの一握りでしかないと教えてくれた。しかし困った。中国茶の知識に乏しい日本人からすれば、何を選んでよいやらさっぱりわからない。そこで、「どのお茶が一番おいしいですか?」と聞いてみた。

 すると、店員さんも困った様子。どのお茶が一番おいしいかなんて、人によって違うのだから、なんとも答えられない質問である。しかし、ふと思いを巡らせてみれば、かつて皇帝のもとには天下の宝という宝が集められたというではないか。皇帝が飲んでいたお茶は、当然一番おいしいお茶のはずである。そこで、私はその店員さんに皇帝が好んだお茶はどれなのか聞いてみた。

 陽羨雪芽(ようせんせつが)という名の中国茶の茶葉の形は真っ直ぐで、葉先はピン、ととがっている。色は、美しい翠緑で、(おいしい茶の特徴と言われる)産毛が見てとれる。中国で、一番初めに皇帝に献上された中国茶だ。唐代の徳宗皇帝に献上された茶だという。

しかし、ここへきてまた新たな疑問が出てくる。唐代以前にも、中国には数多くの王朝が存在し、多くの皇帝が存在したのではなかったか?では、なぜ歴代王朝の皇帝たちは、美味なる中国茶を味わわなかったのだろうか?なぜ、唐代まで待たねばならなかったのか?

茶は中国で早くから存在していた。しかし、人々は始め、茶を薬とみなしていたのである。神農は、百草をなめて七十二の毒にあたり、茶で解毒したという有名な話があるが、これは、中国の先人たちが茶を発見し、口にし出した経緯をよく描きだしているといえよう。茶の効能は実に多彩で、長い歴史の中で、次第に日常生活の中に溶け込み、薬としての役割と飲料としての役割を兼ね備えたものとなった。漢代に入ると、中国の西南から果ては東南にかけて、茶葉が普及し、やがては広く栽培されるようになり、貿易にも用いられた。かの諸葛孔明も、かつて茶を用いた貿易を促進し、西南の辺境地域に住む少数民族たちの生活を助けたという。魏晋南北朝時代になると、茶葉は文化の中に深く入り込み、人々は茶を通して、自らの思想を表現するようになった。当時、進歩的だといわれた貴族の中には、茶を嗜むことで、品のある、高潔な人格を表そうと努めた者もいた。しかし、茶が政治の舞台に登場するのは、安史の乱が終わるのを待たねばならない。

安史の乱は、唐王朝に大きな打撃を与え、反乱が治まった後、国力は低下の一途を辿った。そこで、中央政府の収入源を増やすため、唐の徳宗皇帝の時代に、“茶政”が敷かれたのである。“茶政”とは、1.茶葉の栽培及び貿易には、政府が税金をかける。2.陽羨雪芽と顧渚紫筝(こしょししゅん)茶を皇帝に献上する“貢茶”とする、というものである。マーケティングという角度から分析すれば、皇帝自身が飲み手となることによって、国内の茶葉の貿易量が増え、結果的には国の税収が潤うというしくみになっている。

また、その店員さんは、数千年来、中国茶は文化的要素として発展を遂げただけでなく、経済とも密接に関わってきたとも話してくれた。経済というテコ入れのもと、人々は新種の茶を栽培し、生産技術を高め、茶器の改良を重ねてきた。茶が人々の口に合えば、それだけ経済効果も高まるわけだ。

そう考えると、陽羨雪芽が一番のお茶とは言えなくなってしまった。どうやら、中国茶を巡る旅はまだ始まったばかりのようである。

 
 陽羨雪芽(ようせんせつが)
主要産地:江蘇省宣興地域
分類:緑茶類
参考価格:500グラム約2000元

 

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