布靴製作工芸の伝承人
内聯昇において、千層底布靴の作り方は師匠が口承や以心伝心で弟子に教えることによって受け継がれ、150年続いてきた。53歳の何凱英さんは、内聯昇で30年間にわたって働いた職人である。「あの時代、師匠がどんなふうに作っているのかをこっそりと盗み見ては、必死に励むしか技術を身につける道はありませんでした。しかし現在、学ぶ意欲がある人であれば、私は自分のもつすべてをはたいて、技を伝えたいと思っています」。少し前、何さんは国家クラス無形文化遺産リストに登録された「内聯昇千層底布靴製作技芸」の伝承者という称号を授けられた。
2009年、弟子入りの儀式の後、三人の若い技師を正式に弟子として受け入れた。千層底布靴の製作工芸は伝統的な手作業のやり方を踏襲し、厳選された綿や麻、ウール、ラシャなどの天然材料を使う。完全的な手作りの作業は非常に細かく、大きな工程は30以上、全部で90もの細かい工程がある。すべての工程には明確な要求があり、ひとり一人の職人のひとつ一つの動作に及ぶまで考慮されている。寸法や手法、力の強さにこだわり、さらに磨きをかけて、4、5日がかりで一足の靴が完成する。「師が導くのは入り口までで、修行は本人次第である」というように、少なくとも三年以上は修行しなければ、一人前の職人になることはできない。「布靴を作るには、気を静め、落ち着いて取り組まなければなりません。靴作りに対する情熱のみならず、悟りも必要で、柔軟な発想が求められます」
三階にある展示ホールでは、オーダーメードの受付室が設けられている。日曜日には、何さんの三人の弟子のうちの誰かが当番に当たり、個別のオーダーに対応する。この日当番の31歳の蔡文科さんは、短大の金融管理科を卒業したのち、靴作りに強い興味を持ち、内聯昇で働くようになった。五年ほどたった。2009年5月、8人の候補者のうちの一人として、何さんの弟子入り試験を受けた。筆記試験の課題は、内聯昇や布靴にまつわる歴史で、実地試験の課題は基本型の男性用布靴を作ることであった。もっともシンプルなデザインであるが、その分ボロが出やすく、基本的な技術の高さを判断することができる。よい靴の判断基準にはいくつかある。履き心地はよいか、足にぴったり合うか、均斉のとれた外見をしているか、平らになっているか。この試験を優れた成績でクリアした蔡さんは、晴れて何さんの弟子となった。
実は正式に弟子入りする前、何さんについて二年間ほど靴作りを学んでいる。図案の描き方から靴作りまで、一歩一歩基本を身につけた。何さんはとても親切で辛抱強い師匠でもあるが、ときに厳しく、怖い顔をすることもある。靴作りにおける問題点を何さんから注意されていながら、最初は気をつけていたものの、何足も作っているうちに、つい気が緩んでまた同じミスを起こしてしまう。怒った何さんは、半日かけて完成した靴をもう一度作り直すように命じたという。優れた弟子は、厳しい師匠のもとに育つ。何さんの指導で、蔡さんの腕前は着実に向上している。
ある日、蔡さんは80代のおばあさんの注文を受けた。子どもに付き添われてやって来たそのおばあさんは足を、「解放」した纏足した女性であった。かつて封建社会であった中国に纏足という陋習があった。20世紀初めに廃止されたが、不均衡な地域発展のため、一部の地方では1950年代になってようやく完全的に廃止されるに至った。女性の纏足は解きほどかれたものの、足はいびつな形になってしまい、自分の足に合う靴を購入することもできなければ、年を取って自分で靴を作ることもできない。さいわい、そんな女性たちの悩みを内聯昇が解消してくれたのである。
二人の米国人が注文にやって来た。蔡さんは背の高い一人の足のサイズを真剣に測った。靴の履き心地の善し悪しのポイントは、親指から小指までの幅、足の甲の高さ、かかとのサイズの三つの要素にある。オーダーしたお客に対して、店ではそれぞれの個人情報を記録し、個別に木型を作る。サイズの記入が終わると、蔡さんの案内で、客は靴のデザインを選びに行く。もう一人の米国人に、「なぜあなたは注文しないのか」と尋ねると、彼は微笑みながら足を持ち上げて靴を見せた。その足は内聯昇製の布靴を履いていた。
老舗で光るモダンなセンス
内聯昇に足を運ぶのは、中年以上だけではなく、若い人も少なくない。24歳の王さんは、水色生地にベージュの花が刺繍されている布靴を試している。「内聯昇の布靴は趣があって、さまざまな服によくあいます。ファッションセンスを引き立ててくれるし、履き心地もいいです」。展示ホールで、ファッショナブルな女性用の布靴のシリーズが目についた。2008年に開かれた北京オリンピックのコンパニオンのために、オーダーメードで作られたものである。
老舗といえば、一般に古いスタイルを思わせるが、実際には非常に活気があふれている。内聯昇のトップデザイナーの陳徴さんは、パリのエスモード(ファッションのプロ養成学校)でデザインを四年間勉強した若い女性である。「海外に長くいればいるほど、さらにシノワズリー(中国スタイル)にほれ込むようになります。帰国後、内聯昇でデザイナーとして働くようになったことに、非常に満足しています。流行の要素も取り入れることで、伝統的な布靴がさらに異彩を放つものとなるようにしたいのです」と、陳さんは言う。現在、内聯昇の千層底布靴の模様の種類は3000以上に達し、伝統的な男性用のほか、女性用、子ども用の布靴、さらにスリッパも生産され、より多くの人に喜ばれている。
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