文=ゆうこ イラスト=tama 監修=徐光
上海に来てからというもの、中国人の友だちがたびたび口にする言葉――「江南」。辞書で調べてみたところ、「江南」とは、長江以南の長江下流地区を指し、上海もその中に含まれる、とのこと。友人曰く、江南と言えば、地理上のことだけでなく、「水郷」「梅雨」「上海ガニ」「紹興酒」、そして「ジャスミンの花」なんだそう。聞いただけでもなんだかロマンが漂う感じですね。
六、七月の上海はとってもロマンチックな街になります。さらさらと細かい雨が降る中、公園を散歩していた私は、ふわりと淡いジャスミンの香りをかいだような気がしました。なんだかすごくお茶が飲みたくなってきたので、茶館に入りました。頼んだのはもちろんジャスミン茶。
店員さんがお茶の缶を開けると、あたり一面に濃厚な花の香りが広がります。これはいいお茶に違いないとちょっと慌てた私は、「すみません、そのジャスミン茶すごく上等そうですけど、高いんじゃないですか?」と聞いてみました。すると、店員さんは笑いながら、「ジャスミン茶は上等なものであったとしても、値段はそんなに高くないんですよ」と話してくれました。
え? そうなの? と、とても驚いてしまった私。
だって、日本で、もし有名な中国茶は? と聞かれたら、絶対にジャスミン茶を一番に挙げるからです。でも、確かに前回お話した「中国十大名茶」の中にジャスミン茶は入っていませんでした。それに、中国茶の種類とは? と聞かれて名前が挙がるのは、緑茶、白茶、黄茶、ウーロン茶、紅茶、黒茶。ジャスミン茶が属する花茶は入りません。でも、日本では「中華料理店で出されるお茶といえばジャスミン茶」がお約束。中国ではどうしてそんなに評価が低いのでしょうか? それを知るには、ジャスミン茶誕生の歴史をお話しなきゃいけません。
中国茶に関する伝説にこんなお話があります。むかしむかしのこと、神農(伝説上の皇帝で、医薬の祖といわれています)が、誤って毒草を食べてしまったのですが、ちょうどその時、何枚かの葉っぱが釜の沸騰したお湯の中にひらり。すると、お湯の色がかすかに黄色くなってきたではありませんか。飲んでみると、たちまち腹痛が治まってしまいました。釜の湯に落ちたのはお茶の葉だったんですね。そこで神農は、これを一種の薬と見なした、というのが中国茶の始まりだと言われています。晋朝の文献にある記録によると、「西周(紀元前1046~771年)の時代に、人の手によって茶木が栽培されている茶園があった」と書かれています。色々な伝説や記録がありますが、とにかく確実に言えることは、中国茶には数千年の歴史があるということですね。でも、ジャスミン茶は清朝(1616年~1911年)の中頃になってやっと登場するお茶なんです。なので、ジャスミン茶にはたった200年足らずの歴史しかないということになります。
清朝の半ば頃、北方と南方では貿易が行われ、南方の茶商たちは、茶葉を北方に運んで売っていました。買うのは、自然と皇室やお金持ちの人たちということになります。しかし、南方から北方までの道のりの遠いこと。当時は、交通の便も悪く、運搬には馬車が使われていました。なので、北方に茶葉が到着する頃には、茶葉には味が無くなってしまっていたのでした。当然皇室や貴族たちは、なぜ味もしない茶葉を、金を出して買わなきゃならんのだ!割に合わないじゃないか! とお怒り。結果、南方の茶商たちの商売は上がったりで、商いの雲行きがどんどん怪しくなっていきました。
しかし、そこは賢い南方人、うまい方法を考え出しました。茶葉を運ぶ途中で、ハクモクレンやジャスミンの花を加えれば、香りを保つことができ、茶葉に味がないことをうまくごまかすことができるということを思いついたのです。皇室や貴族たちは、花の香りがするお茶なんて飲んだことがなかったものですから、この不思議なお茶に大喜び。こうして、花の香りをつけたお茶は、北方の貴族やお金持ちの人たちの間で急速に広まったのでした。茶商のもくろみはみごとに当たり、色々と試した結果、ジャスミンの香りが一番長持ちするということで、ジャスミン茶が商品として定着することになったというわけです。
ここまでのお話をまとめると、要するにジャスミン茶は、茶商が賞味期限切れの茶葉を売るために、顧客を騙して誕生したお茶ということになるわけですね。かわいそうな皇室や貴族たちは、花の香りに騙されて、乾燥させた花びらのかけらが入った古いお茶を、大金をはたいて買っていたわけです。でも、結果的に、花と茶葉を組み合わせると、お茶の味が更に深みを増すことがわかっただけでなく、中国茶文化が中国の北方という広大な地域にも広まることになったのでした。「花茶」の誕生です。それで今でも、北京で一番知られているお茶といえば、やっぱりジャスミン茶なんですよ。
現在、生産されているジャスミン茶は、古い茶葉は使わずに、新鮮な緑茶を原料に作られており、高品質なものが私たちの元に届けられています。しかし、特に高級な緑茶はそのまま商品となるため、そうした高級緑茶よりも少しランクの落ちる緑茶が花茶の原料になります。また、ジャスミンだけでなく、キンモクセイとウーロン茶、ジャスミンとプーアール茶の組み合わせなどなど、いろいろな花と茶葉の組み合わせが試されています。これからも、たくさんのおいしい花茶に出会うことができそうですね。
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ジャスミン茶 |
主要産地:福建省など |
分類:花茶類 |
参考価格:500グラム約50~500元 |
人民中国インターネット版 2010年7月2日
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