陳言=文
上海で中学校の先生をしている万華さん(27歳)は、6月17日、サウジアラビア館(以下はサウジ館と略す)の第百万人目の来館者となり、思いがけない優遇を受けた。
この日の午前10時、サウジ館のハミド・ハサ館長は、若い中国人男性の来場者とともに、館外のステージに立った。館長はアラブの宝剣を男性に授け、「われわれは本日ここに百万人目の来場者を迎えた。心より祝賀したい」と厳かに述べた。館長に向かい合い満面に笑みをたたえている男性が万さんだった。
万さんを囲むようにして情熱的な音楽が沸き起こり、アラビアの芸術家たちがダンスを踊り始めた。ハサ館長は上海・サウジ往復のペア航空券を万さんに手渡した。万さんの傍らに立つ夫人の李瑾さんも紅潮した顔で夫がその航空券を受け取るのをじっと見つめていた。2人にとって、この日は幸運と祝福に満ち満ちた一日になったのである。
最注目館に急浮上
何という偶然だろう。万さんは、自分がサウジ館の百万人目の来館者になろうとは夢にも思っていなかった。
中学校でパソコンの使い方などの情報学を教える万さんは、情報収集の手段をよく知り尽くしている。サウジ館は最も人気のあるパビリオンの一つであり、アイデアに富んでいることを知り、まずそこからと前々から計画を立てていた。
「4時45分に起床して、朝一番の電車に乗り、6時前には万博会場の入り口に着きました」と万さんは語る。開場すると、妻の手をとりサウジ館を一直線に目指した。ところが自分の思い定めた道順になぜか勘違いがあり、サウジ館への入場を待つ長い長い行列の最後尾に立った時は9時12分になってしまっていた。「これじゃ、私たちも7時間待ちだね」と妻に話していると、ヒゲを生やし白い服を着た笑顔のアラビア人が自分のほうに向かって近づいて来たのである。
「あなたが、われわれサウジ館の百万人目の来場者です」と、その男性は万さんに声をかけた。ハサ館長だったのだ。ハサ館長の案内で2人はサウジ館内に。世界各国のVIPが署名するサイン帳が出され、万さんもそこに自分の名前を記した。
「結婚したばかりなのです。サウジ館を見学してから、休みを取って、日本へ新婚旅行に行こうと計画を立てていました。日本の後に、サウジにも行きます。ほんとうにラッキーです」と万さんは喜びを隠さない。妻の李さんも「ダブル新婚旅行」という望外のブレゼントに大喜びだ。「夢ではないかと思っています」と李さんは航空券を手にしても、まだ信じられないといった表情。つい数時間前には、道順を間違えた万さんとけんか口調でやりあっていたのに、一転、棚からぼたもちが落ちてきたのが不思議でならないのだ。あの余計な道を歩いたことで、2人はこんな幸せに見舞われたのである。
サウジ館は、開幕前の下馬評では名前さえ取り上げられなかったが、開幕してみると、中国館、日本館と並ぶ最も注目されるパビリオンに急浮上した。特別の感動を体験した万さん夫妻は別格としても、すでに百万人の来館者がサウジ館から感動を受けているのだ。
夢託すムーン・ボート
サウジ館は、中国人の王振軍氏(45歳)によって設計された上海万博では唯一の中国人による設計のもとで建設された外国パビリオンだ。
「設計には2年半の時間をかけた」と王氏は振り返る。入館までの待ち時間が最長9時間と知らされて、「万博は待ち時間がとにかく長い。過去の資料を見て、愛知万博の時も待ち時間が平均2.5時間と知り、上海ではもっと長くなるだろうと推測した。しかし、倍の5時間どころか、最長9時間にもなるなんて想像もしなかった」と当惑顔だ。
王さんのサウジ館設計の作業は、2007年11月にスタートした。その年、サウジアラビアは、世界に向けてパビリオンの建築設計を公募。湖南大学建築学部を卒業、北京の中国電子工程院設計院で副技師長をしている王さんも応募した。「アラビア文化を特別よく理解していたわけではない。多くの専門家に教えを請い、歴史面から、特にアラビアと中国の関係史をメインに設計を考えた」と王氏は語る。
翌年の2008年3月、2回目の審査候補案リストの中に王氏の名前は残っていた。他の9つの案と競合しなければならない。王氏は最後の設計に心を込めた。そして「ムーン・ボート(月の船)」というアラビアをイメージしたデザインによって、トップの座を射止めたのである。
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陳言
コラムニスト、『中国新聞週刊』主筆。1960年に生まれ、1982年に南京大学卒。中日経済関係についての記事、著書が多数。 | 敷地面積6000平方メートルのパビリオンは、空中を行く巨船のムーン・ボートが、今しも浮上するかのような外観だ。この船に乗ると、一千年来のアラビアと中国の交流、とりわけ近年、研究者から注目されている「海のシルクロード」の様子を目の当たりにすることができる。砂漠に特有のナツメヤシの木が西域の雰囲気をかもし出し、また世界最大のアイマックスシアターで放映される12分ほどの3D映像『アラビアの風景と生活』も素晴らしい。ムーン・ボートからは黄浦江も一望でき、歴史と現在、幻想と現実が交錯し、人々に大きな感動を与えている。
「エネルギー」「オアシス」「古代文化」「新エネルギー」の4つのゾーンも、それぞれサウジアラビア理解のために大いに役立つ。中国の市民が小説や映画によって形成したアラビアのイメージが、このパビリオンでは具体的な形、映像として目の前に展開されるのである。
上海万博では中国館、日本館などに人気が集中することは、ある程度予想できた。中国人によって設計されたサウジ館が、そのデザインの斬新さ、最新の技術の駆使などによって時には中国館、日本館以上の注目を集めていることは特筆に値する。ブームを作りだした人気が、ますますブームを高揚させていく。サウジ館を見てみたいというのが、毎日50万人前後の来場者の共通した願いであり、万博会場の展示を見ることによって、欧米や日本だけでなく、これまではそれほど知られていなかったアラビア世界が中国の市民にもぐっと近いものになっているという事実に注目したい。
人民中国インターネット版 2010年8月11日
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