People's China
現在位置: 2010年 上海万博推介

日本館「人気の秘密」を探る

 

金田直次郎 沈暁寧=文 馮進=写真

万博会場Aゾーンの東、アジア連合館に隣り合って建つ日本館には開幕以来、連日入館を待つ長蛇の列が続いている。列の最後尾には「5時間お待ちいただきます」と書かれたプラカードを掲げるスタッフ。列に並ぶ人々は老若男女、さまざまだ。日本館の魅力はどこにあるのか。行列に並んで、その秘密を探った。

持久戦覚悟の人々

温州(浙江省)から来たという二人連れの女子高校生は大学入試を終えたばかり。「2泊3日のスケジュールを組みました。宿泊は松江(上海市の西南郊外、松江区)の親戚の家で」「中国館と日本館はゼッタイに見て帰ります」とプラスチック製の折りたたみ式椅子を手に「持久戦」の構え。

「インターネットの『オンライン万博』で、バイオリンを弾くロボットを見て、どうしても実際に見てみたくなりました。とてもかわいらしい」「中国館は予約が必要なので、第一日目のきょうは、まず日本館を『攻略』することにしたんです」と顔を見合わせながら笑う。

上海市内はもとより、浙江省、江蘇省から来たという団体客も多い。入館を待つ長い長い時間、世間話に花を咲かせる。食事はリュックサックで持ち込み。キュウリやトマト、リンゴやバナナ、「焼餅」や「餡児餅」(どちらも小麦粉をこねて円盤状に伸ばし、平なべで焼いた携帯にも便利な「お焼き」)といった「おやつ」がリュックから次々と出てくる。

「近くに住む者同士だが、日ごろはなかなかゆっくり話もできない。待ち時間はそんなおれたちには絶好の情報交換の場なんですよ」と南通市(江蘇省)から来たという団体リーダー格の運送業の男性。トラックを駆って上海、南通間をよく往復するという。

「日本は運転手の交通マナーがいいと聞いている。俺たちもそうありたい。日本館の展示からもきっと学ぶものがあると思う。渋滞で待たされていると思えば、五時間ぐらいは何でもないさ」とあせる様子もない。

母親にもたれて寝てしまった女の子に日傘を差しかける婦人、列が動き始めると、お年寄りを気遣って「ゆっくり、ゆっくり!」と周りに声をかける若者。待ち行列には自然にできあがった秩序があって、5時間という長い時間を何千人もの人々が共有するのである。

過去、現在、未来――展示の3ゾーン

日本館のテーマは「心の和、技の和」。展示、プレショー、メインショーの三つの部分で構成されている。

入り口からエスカレーターで上がるドーム状の壁面いっぱいに遣唐使船、奈良の都、平安京、戦国時代の城郭、さらには北斎や歌麿の浮世絵、西陣織や友禅染の美しい図柄など、日本の「過去」を象徴する映像が浮かび上がり、来館者は動く絵巻に包まれたような感覚を覚えるに違いない。日本の伝統文化が中国の大きな影響のもとで独自の発展を遂げた様子がビジュアルに伝えられる。

展示部分でまず来館者を迎えるのは満開の桜。空を覆うように何本もの太い枝を広げた桜の大木の下には日本庭園に囲まれた茶室。「日本の四季」の「春」の光景だ。縁台が庭に面してしつらえられた夏の日本家屋の様子、紅葉に染まるモミジの庭、そして雪の積もる静かな冬の朝。四季おりおりの美しい日本の光景は自然との共生のなかではぐくまれてきたことが知らされる。

通路の両側には本物が出品されているのかと見まがうほどに精巧な屏風絵と襖絵。国宝の「風神雷神図」(俵屋宗達作)と重要文化財の「四季花鳥図」(狩野元信作)、「老梅図」(狩野山雪作)の3作品だ。

「文化財未来継承プロジェクト」によって精密複製されたもので、デジタル一眼レフカメラで実物を分割撮影、大判プリンターで印刷するというキヤノンの最新技術が駆使されている。オリジナルの色が忠実に再現されており、入館者は間近でじっくり鑑賞できる。金箔の輝くばかりの美しさがひときわ印象的だ。

「ゼロエミッションタウン」。二酸化炭素の排出量がゼロになった未来都市の様子がジオラマをはじめ立体的な展示で明らかにされる

干潟を守る市民運動を大スクリーンで

日本の現在を紹介するゾーンでは、名古屋市の藤前干潟を守る取り組みが紹介される。藤前干潟のある名古屋市港区の海岸にはかつて多くの干潟があり、日本列島を南北に移動する渡り鳥の大事な休息地だった。その多くが次々と埋め立てや干拓によって失われ、最後に残された藤前干潟もごみの埋立地に指定されてしまう。

1999年、市民が立ち上がって、「鳥たちが憩う藤前干潟を守る」運動が始まり、家庭ゴミを30%削減するとともに、干潟に流れ込む川の清掃を繰り返して、鳥が憩う干潟に変えた。

その様子が200インチの大スクリーンに映し出される。映像は縦に流れ、干潟保護のさまざまな活動を進める市民や学生、幼稚園児の活躍は一人ひとりの表情までがくっきりと見て取れるほど。ゾーン内には環境を守る技術と装置の実物が展示され、来館者は実物に手を触れたり、装置の仕組みを解説するナレーションを聞いたり、さらには操作体験をすることもできる。「体験型展示」と映像の組み合わせで現在の日本を「原寸大」で感じてもらおうとの趣向だ。

水資源を守るゼロエミッションタウン

未来ゾーンに足を踏み入れると、そこは「ゼロエミッションタウン」。二酸化炭素の排出量がゼロになった未来都市に身を置くことになる。

街を走るのは電気自動車の「エコカー」、家庭に電気と温水を供給するのは「家庭用燃料電池ユニット」、家々には人が踏む圧力で発電する「発電床」が備わり、窓ガラスは透明で薄いソーラー発電装置がセットされた「発電窓」。照明はわずかな消費エネルギーで発光する「有機EL照明」、工場や発電所で発生する二酸化炭素は分離回収されて地中に埋設される。……環境保全のための最先端技術は20項目にも及ぶ。

フロアにはきれいな水を守り、水資源不足を解消するために開発された技術機器の実物が展示されている。下水を浄化して飲料水にする「バイオNキューブ」や「メンブレンバイオリアクター(MBR)」、海水を淡水にする「逆浸透膜」などなど。

来館者が「未来の家」の床を踏むと、かたわらの壁の照明が青く光り、発電量がデジタル表示される。タッチパネルに手を添えると「エコカー」が動き出し、ジオラマの未来の街の通りを音もなく走り抜ける。来館者はしばし未来の街の住民に。

「エコカー」の展示。内部が見えるようになっていて、電動システムの構造が一目でわかる工夫が凝らされている

リビングの壁がさまざまな情報を提供

プレショーの会場は300人は収容できるホール。正面がステージになっていて、ステージ後方の壁に画像や動画が映し出される。この映像壁面は横10メートルに及び、世界最大の152インチ・プラズマディスプレーを3面組み合わせてできているという。

ショーの司会者が「『ライフウォール』と呼ばれる未来のリビングの壁です」と説明しながら手をかざすと、ディスプレーにテレビ画面が現れ、日本の里山の風景が浮かび上がった。司会者が動くと、その動きに合わせてテレビ画面も移動する。住む人のジェスチャーしだいで部屋の壁面の画像や動画が次々と変わり、さまざまな情報を提供する。

続いて司会者が手にしたカメラのレンズを客席の観衆に向けると、壁には観衆の驚きの表情や笑い顔が映し出されて、笑顔を認識したカメラが目的の画像を自動的に抽出、客席にいる男性の笑顔が大きくクローズアップされた。ホールにはどよめきの声。

「『ワンダーカメラ』です」と司会者。動画を撮影しながら、必要なコンセプトを自動認識して、決定的なショットを画像化できるコンセプトモデルの最新型カメラだ。

壁が新聞や雑誌、テレビやコンピューターのディスプレーの役割を果たす、そんなリビングが近い将来、誕生するのだろうか。

パートナーロボットに客席から拍手

「日本はいま高齢化社会を迎えようとしています。老人のための介護・医療支援、家事支援などが必要となっていますが、そうした人の活動をサポートするパートナーロボットが誕生しました」と司会者。

ステージの右手から白いボディーのロボットが現れ、なめらかな二足歩行をしながらステージ中央へ。両手、両腕に内蔵された関節を高度なコントロールによって動作と協調させ、人間の手や腕の繊細な動きを実現した最新型のロボットだ。

「さあ、ロボット君にバイオリンを弾いてもらいましょう。どんな曲を奏でてくれるでしょうか」と司会者。

ロボットが左手でバイオリンをかざし、右手に弓を持ってバイオリンを弾き始めると、中国の民謡『茉莉花』のメロディーが流れ出した。バイオリンの弦を器用に押さえ、弓でなめらかに弾く見事な演奏パフォーマンスに客席から拍手が沸いた。車椅子を押したり、ベッドで体を起こそうとする病人を支えたり、部屋の掃除や幼児の子守などさまざまな「実務」をこなせる賢くて勤勉なロボットが誕生したのである。

能と京劇が融合『トキ再生の物語』

メインショーは日本の伝統建築、木造劇場の舞台で行われる。昆劇と能の所作をもとに、日本人演出家の佐藤信氏と上海出身の中国人演出家、ダニー・ユン(栄念曾)氏が共同演出したミュージカル『トキ再生の物語』が幕を開けた。

子どもが拾った一枚のトキ色の羽。子どもはこの羽を持ち主に届けたいと思い、持ち主の住むところへ連れて行ってほしいと船頭にお願いする。船頭は船を出し、櫓をこぎながら、川辺の荒れはてた景色を嘆く歌を歌う。森の中で子どもの願いはかなえられ、船頭は雄のトキに変身して、蘇生した雌のトキと一緒に舞いながら声をそろえて歌う。

わたしに翼があったなら
この星のすべてを見るだろう
清らかな水を人々にとどけたい
生命の泉が美しい未来をもたらすように
手をつなごう 過去から未来へ
町から町へ いま愛の力がよみがえる

能の舞の所作と昆劇の「唱」が舞台の上で融合し、後方の幕には水墨画の風景が流れる雲のようにゆっくりと映し出される。子どもの見守る目の前で、2羽のトキは軽やかに舞いつづけ、人々へ自然からのメッセージを届けるのである。

科学技術の進歩だけでは人間は幸せになれない。心の和がこの星、地球のすみずみにまで満ちあふれた時に、トキが大空を舞うように、人間も幸せの翼を広げることができる……。

『トキ再生の物語』は未来の地球を思う人の、心のつながりの大切さを訴えて幕を閉じる。上演時間は約20分。2羽のトキの役は若い舞台俳優が交替でつとめ、公演は一日に30回行われるという。

自然環境と調和したパビリオン

日本館はパビリオンの設計にもさまざまな環境への配慮がなされている。建物の床下をはじめ随所に竪穴式の空洞を設け、太陽の光を取り入れるほか、雨水をためて利用し、自然に空気を入れ替えるなど、できるだけ電力消費を抑える工夫がほどこされた。日本の伝統家屋の「縁の下」や夏に行う「打ち水」などの環境と調和するための知恵が生かされ、最先端の環境制御技術と組み合わされて、「環境にやさしい」パビリオンが建設された。

大屋根はうす紫色。太陽を象徴する赤と水を象徴する青の「和」によって生まれる自然の色だ。その日の天候によって大屋根のうす紫色が微妙に変わり、遠くから見ると大きな蚕がまるで動いているかのような印象を与える。愛称は「紫蚕島」。

「日本館を見て、どんな印象を持ちましたか」

温州から2泊3日の日程を組んでやってきた仲良し二人組みの女子高校生に聞いてみた。

「バイオリンを弾くパートナーロボットを見ることができて、とてもうれしい。残念なのは、ロボットとのツーショット写真が撮れなかったこと。一緒の記念写真が撮れれば、もっとうれしかったんですけれど……」

「『トキ再生の物語』に心打たれました。わたしの住む温州市も工業化に力を入れていますが、自然環境を壊してしまうようなら、わたしは反対です。ふるさとの美しい自然を守らなければ、そう強く思いました」

最先端の科学技術と自然との共生を訴えるメッセージ。

日本館「人気の秘密」は、未来を先取りした展示と足元の現実を見つめる確かな視点の両方が支えているのではないだろうか。

 

人民中国インターネット版 2010年9月

 

 

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