「永遠に忘れない」——帰国した中国救助隊に日本大使館が感謝

 

「みなさんは日本の危機を助けに来てくださった。私たちは永遠に忘れません。」

21日早朝、日本から帰国した中国国際救助隊を迎えた山崎和之日本国公使は救助隊を率いた尹光輝氏に感激の面持ちで挨拶した。

3月11日、日本の東部海域にM9という強烈な地震が発生し、津波が起こった。多くの人命と膨大な財産が失われた。中国政府はすぐにこれに対応し、日本へ国際救助隊を派遣し、緊急援助物資などを提供した。中国国際救助隊15名は13日日本に到着、緊急救助を行った。

すでに深夜であったが、飛行機から降りてきた救助隊は元気な様子で、隊旗を持った隊員を先頭に、人民からの献花を手に力強く語った。

「日本の岩手県大船渡市で6日間休まずに援助に取り組んでまいりました。4k㎡のエリアで建物、自動車、船を一つずつくまなく調査してまいりました。」

「141箇所の重点的な廃墟を調査し、救助を行いました。天候に恵まれず、被災地の環境は複雑で作業は難航しましたが、隊員たちのすばらしい精神力と技術力は日本国民やその他の国の救助隊からも好評をいただきました。」尹光輝氏はこう語った。

「被災地を離れるにあたり、現地の消防署員や自衛隊員も見送りに来てくれ、別れを惜しみました。」陳慶開隊長は疲れはあるものの帰宅できる喜びが隠せない。「被災地では日々危険と隣りあわせでした。大船渡市に到着したばかりの二日目に津波警報が発令され、寝ていても余震で目が覚めてばかりいました。」

尹光輝氏はこうも語る。中国国際救助隊には輝かしい伝統がある。多くの隊員はスマトラ島津波、ハイチ地震、四川大地震など多くの災害救助に従事してきた。豊富な救助経験がある。困難を恐れず、寒さ、疲労をものともしない。彼らだからこそ任務を全うできたと思う。

「中国人民の関心の高さには感謝しています。被災地では大変でしたが安全でした。」笑いながら尹氏はいう。「大船渡市は福島原発からは離れていましたが、隊員は毎日健康診断を行っておりました。祖国はすぐに防護服を送ってくれました。」

陳隊長はいう。「今回の救助任務から得たものはたくさんあります。」

「今回の救助経験と教訓を資料に残し、更に多くの救助隊が今回の貴重な経験を共有できるようにしたいと考えています。」

 

「中国網日本語版(チャイナネット)」より 2011年3月22日

 

 
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