日本は沈没していなかった
この訪日プロジェクトは、中国外文局が主催し、人民中国雑誌社が実施し、日本財団傘下の日本笹川平和財団の助成によるものである。もとの計画では今年四月に実施予定だったが、突如襲った東日本大震災のため日本が想像を絶する被害を蒙ったため、やむなく延期された。
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「遠くの親戚より近くの隣人、中日友好は永遠に変わらない」という色紙に滲み出た中国地方政府対外宣伝幹部訪日団の各位からの感謝の気持ち |
震災後の日本が徐々に元気を取り戻してくるにしたがい、とくに5月末の日本での中日韓首脳会議の期間に、温家宝総理が宮城と福島の被災地を訪れ被災者を慰問したことをきっかけに、関係各方面が協議した末、7月にこのプロジェクトを実施することにした。
当時は放射能汚染問題がまだマスメディアで騒がれている時であったが、地方広報の第一線で活躍している中国の幹部たちは、一日も早く震災後の日本社会の現状を見て、中国人民を代表して日本国民に関心とお見舞いの気持ちを伝えたいと願った。
実際に日本に来て見て、東日本大震災が日本の社会に与えた影響の大きさを身をもって感じた。最も印象深かったのは、いま日本中が正に取り組んでいる節電運動である。羽田空港も衆議院第一議員会館も、エレベーターは二台なら一台だけを運行している。オフィスビルはエアコンが28度に設定され、社員は夏の蒸し暑さを我慢しながら仕事をしている。ライトアップが減らされたせいか、東京の夜景はいつもより相当暗い。
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訪日団一行と面会する笹川陽平会長(左から3人) |
しかし、この訪問期間中、私たちは政治家、有識者、メディア関係者、そして一般国民の表情と言葉から、強烈なメッセージを読み取っていた。それは「日本は大丈夫!」というメッセージ、神奈川新聞社の堀田社長が歓迎の祝辞の中でおっしゃったように、「日本は大丈夫!神奈川は大丈夫!日本国民は心を一つにして被災地の復興と支援のために頑張っている」。多分、それは訪日団のみんなが六本木ヒルズの大展望台から東京を眺めているときにもきっと強く感じたことだろう。東京は以前どおり整然としていて、庶民の暮らしもほぼ正常である。『日本沈没』などの名作で著名なSF作家小松左京先生が代表団訪日中に亡くなった。でも、訪日団が見たのは災難に打ちひしがれてはいない日本であった。日本は沈没していなかった!
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7月26日、東京で日本財団の笹川陽平会長(中央)を訪問した陸彩栄団長(右)と徐耀庭副団長(左) |
訪日期間中、日本各地の各界の人々から中国政府と国民が差し伸べた東日本大震災発生直後の救援に感謝をされた。また、訪日団が震災による放射能問題が未解決にもかかわらず来訪されたことへの感謝と同時に、震災後の復興に頑張っている日本国民に勇気と自信を与えたとして行く先々で大いに歓迎された。
実際、今回の訪日団の中には地震被災地の四川省と青海省からのメンバーもいる。2008年四川汶川大地震と2009年青海玉樹地震が発生後、日本からの救援があったことを彼らははっきりと覚えている。代表団は訪問中何度も日本側に感謝の気持ちを伝えると同時に、中国は被災地復興の面で多少経験を積んだので、必要があれば分かち合って、できる限りの協力をしたいと日本側に表明した。
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日本財団の笹川陽平会長(右から1人目)と江蘇省対外宣伝弁公室の徐発波・副主任 |
「ありがとう!」これが、今回の交流の中で双方が最も多く交わした言葉だった。その瞬間、中日両国が災難と闘うなかで育んだ友情の貴さを代表団の誰もが深く受け止めた。災難に直面し、ひとごととは思えず、共に手を携えて乗り越えようということだ。
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