日本――私があなたに言いたいこと 

対外経済貿易大学 張燁

「日本はどうでしたか?」とよく中国の友達に聞かれた。その度に、たくさんの人々の顔と、さまざまな情景が浮かんできて、なんともいいようのない感じがした。伝えたいことが山ほどあったが、どこから言ったらいいのか分からなかった。実は日本人にそのことを質問してほしい。それだと、日本について言いたいことをちゃんと伝えられるのだ。

私は2010年4月2日に東京に着いた。通りを車がひっきりなしに行き来しているのを見た。全然知らない国で全然知らない人と、何が始まるのか、私の前にはいったいどんな運命が待っているのか、頭が真っ白になった。そのとき、初めて国境を出て、日本の土地を踏んだ私は、ある決心をしていた。これから私は一人になり、自分で自分の面倒を見なくてはいけない。全然知らない国で全然知らない人と、何があってもわからないから、人を信じ、頼りにすることができない。物事を感情的に受け止めてはいけない。人間関係というものを冷静、冷酷にまで見なければならない、と……。

最初はそういう方針で戦った。本当に人に迷惑をかけずにやってきたが、さびしくも感じた。人と人の絆は悪いものばかりでないことはわかっていた。でも絆を失った闇から一歩を踏み出すのが想像以上にむずかしかった。そして一ヶ月ほどして、日本のある人と知り合った。運命の扉が開きはじめたのだ。

ある日、その人から夕食に招かれた。私は初めて日本の家庭の中で食事をした。その時家族の人たちは、食事をする前に、「頂きます」と言った。子供たちも目をつぶって小さな手を合わせて、「頂きます」と言った。私は心の中で、えーと、「頂く」は「もらう」の謙譲語だから……と、学校で勉強した日本語の文法を思い出しながら、言った。「頂きますって、ご飯をもらうぞという意味ですね」家族の人たちは「あれっ?」と言う顔で私のほうを見た。するとご主人が、ゆっくりと説明してくれた。

「今日の料理は、親子丼です。卵が入っています。卵は、本当は鶏になるはずでした。でも、ひよこになる前に食べられてしまいます。もっと長く生きられたのに、これまでです。私たちは、自分の命を生かすために、ほかの命を頂いているのです。決してもらうのではありません。そう説明してくれた。私は初めて「頂く」という言葉の本当の意味を知った。感動した。私は中国で鶏や豚を見ると、思わず「おいしそう」と涎をたらした自分を恥ずかしいと思った。

中国では、食事の前に言う言葉はあんまりない。一番年長の人が、「皆さん食べなさい」といって、彼が先に食べ始めるのを見てから、ほかの人も食べ始める。そして、食事が済んだら、「お腹がいっぱいになった」という言葉を言うだけだ。

日本では、食事が終わると「ご馳走様」と言う。これは、「おもてなし」に対する感謝の気持ちだそうだ。料理を作ってくれたのが家族であっても、感謝の気持ちを表すのだ。「頂きます」、「ご馳走様」の言葉を毎日重ねていくうちに、食べ物の本当の美味しさが体に染み渡っていくのだと、日本に来て初めて知った。優しい日本語が私の心を揺さぶった。この時私は絆を失った闇を踏み出そうと決心した。

私は一人暮らしなので、言うことも言われることもないが、「お帰りなさい」と「ただいま」という言葉がある。私は、テレビドラマの中の人たちがそういう言葉を使っているのを見て、実際に自分が言われたら、どんな気持ちになるのだろうかと思っていた。中国では、誰が出かけても、誰が帰ってきても、ほぼ黙っている。冷たいとはいえないが、やさしくないのだ。

私はその年の夏休みに三泊の旅行に行って帰ってきた。いつも親切にして下さるある日本人のおばさんが玄関で、「お帰りなさい」と言った。家族でないのにそう言ってくれた。その時、なんとも言いようのない暖かさを感じた。一人暮らしの寂しさが、ふっ飛んでいった。私はすごくうれしい気持ちで、生まれて初めて「ただいま」と言った。ここは我が家ではないことを知りながら、我が家のような存在感を感じた。日本人のやさしさを、日本語のやさしさと美しさで知った。そして、そのやさしさが私の人生観を変えてくれた。

そのあと、私は勉強したり、アルバイトをしたり、友達と遊んだり、おばさんの手伝いをしたりして、充実した毎日を楽しんだ。

数ヶ月後、私は帰国の飛行機の中にいた。飛行機が飛び立つ時、思わず涙が出てしまった。窓から外のきれいな夜景をじっと見ていた。見えなくなるまで、ずっと見ていた。私にとって日本の最後の姿を深く心に刻みたかったのだ。そして、いろいろなことを思い出して、どんな言葉を使っても表せない気持ちになった。「日本、いろいろ教えてくれて、ありがとう。本当にお世話になりました。」と大きな声で日本列島全部に伝えたかった。そうすれば、日本人は必ず「いいえ、こちらこそ。一年間ご苦労さまでした。中国の方によろしくお伝えください」と答えてくれるだろう。

そう思うと、感動と感謝でいっぱいになった。そんな気持ちを大事なお土産にして家族と友だちに上げようと心に誓った。

謹んで、その気持ちと感謝の意を日本に伝えたい。

 

 
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