紫金草の思い出

 

張姗 鲁東大学

「花が咲いている 紫金の野の花 風にゆれる やさしい花よ 海を越えた  平和の種 想いをよせて 花が咲いたよ」(『平和の花 紫金草』より)と、軽く柔らかな合唱が耳に響いていました。

そうでした。先生と初めて会ったのは、大学一年生の日本語会話授業の時でした。「ねえねえ、聞いて。会話の授業を担当する先生のこと、知ってる?中国語がお上手だって」と周りに集まった女子学生がつぶやきました。しばらくして、先生がいらっしゃいました。にこにこして、とてもやさしそうでした。それが私の先生に対する初印象でした。また、確かに中国語がお上手です。

大学に入学した直後で、日本語が全然分からない私たちに対し、先生はまじめで親切にいろいろ教えてくださいました。単なる日本語ではなく、日本文化や風俗などのことも含んでいます。「若いうちに、できれば多くの知識を身につけて」とも丁寧に分かりやすく教え諭しました。いつも和やかな雰囲気で授業を行いましたから、みんなはとても熱心でした。ある日、先生は新出単語の書き取りをさせました。クラスの中に満点を取った人は一人しかいませんでした。勉学に勤しんでいた李さんでした。教壇に立っていた先生はその李さんを褒めました。「よくできましたね、李さん。すご—い」と。私は一つの間違いだけで99点を取りました。ふだん一生懸命勉強していたので、こんなささいなところで間違ってしまうなんてと、とても悔しい気持ちになったことがあります。正直言うと、私は人に負けたくないタイプです。先生に評価してもらいたくて、それから半年間ずっと日本語に打ち込んできました。ある日、先生に相談することがあり、事務室に行きました。タイミング悪く、先生は他の人と話をしていました。外で待っていたところ、次のような話が耳に入りました。「張さんは、本当に真面目な子だ。いつもよく頑張ってるよ」と。その時、私は何もいえず、涙で目頭が熱くなりました。

教科書に書いていることだけを教えてくださったのではなく、先生は自らの経験を私たちと分かちあっていました。それらの中で私に一番強い印象を与えたのは紫金草のことでした。紫金草という花は、わが国の南京地方では「二月蘭」と呼ばれています。抗日戦争当時、日本人の薬学者で、陸軍衛生材料廠の廠長だった山口誠太郎さんが、昭和14年に南京でこの花に出合いました。彼は平和を呼びかける思いで「紫金草」と名づけ、種子を蒔き広めて行きました。後日、このことを題材に『平和の花 紫金草』という合唱曲が制作され、1998年東京の足立区で初演されたということです。そして、2001年3月には南京市でも日本から200人の合唱団が訪中し公演をしました。その後、ほとんど毎年中国に来たそうです。メンバーは全員退職者の方で、平均年齢は60歳を越えます。先生の奥様も合唱団の一員だそうで、2011年3月、南京で公演をされました。

誰も知っている通り、折しも日本は東日本大震災に襲われ、未曾有の被害を被りました。白む空に立ち上る幾筋もの煙、横倒しの高速道路。ビルが倒れたり、人が生き埋めになったりして、にぎやかな町はあっという間に廃墟になってしまいました。テレビに見入った時のその惨状を今でも忘れません。それにもかかわらず、紫金草合唱団は活動を取り消さずに、予定通り訪中されました。新聞社の取材を受けた時、創立人の大門高子さんは「地震と津波が起きたせいで、家族を失ってしまったメンバーが何人もいます。延期するかどうか迷っていました。地震·津波は天災ですけれど、戦争は人災です。戦争はすべての生命を奪う恐れがあります。予定より人数は少ないですが、困難を乗り越えて南京にやって来ました。私たちは平和を祈求する人の集まりで、世界の平和を守ろうと望んでいますから」と語りました。

先生から伺った「紫金草の物語」です。先生と一緒に勉強してきましたが、いよいよお別れしなければならない時が来ました。先生はいつものように、ずっとにこにこしていました。しかし、その笑顔の中に少し悲しさが感じられました。その時、鬱々とした様子の私たちを見て、「最後じゃないから。また会えるからね」と、先生が慰めてくださいました。その言葉を聞き、私は少し落ち着きました。確かに、先生の言うとおり、たとえ離れていても、相手を思う気持ちがあれば、互いの絆が消え去ることはありません。

最後になりますが、私は中国で日本語教師として働き、長年中日交流に大きな貢献を果たされた先生に感謝の意を表したいです。いままで長い間ありがとうございました。

「花と生きる 広い空見上げて 風よ教えて心の絆を大地の友と共に生きる 誓いを胸に 花を咲かそう」

平和の花は、海を越え、そこにいる人々の心に咲き満ちる。それは私の祈りです。

 

 
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