什刹海エリア(故宮の北側で前海、後海、西海という3つの湖のある地域、近くには鼓楼や鐘楼がある)は北京の中心市街地でも数少ない歴史的街並みが残る地区だ。美しい風景の中、周辺には多くの胡同や著名な人物の旧居が残されている。
そして、ここには年中人力三輪車をこいで、縦横に交差する胡同の中を行ったり来たりしている一群の人たちがいる。彼らは三輪車の乗客に胡同や四合院の特色について説明し、そこで起こった興味深いエピソードを語って聞かせる。彼らこそ、什刹海エリアで「胡同めぐりの人力車夫」と呼ばれる人々だ。
彼らの中に、たくましい体つきをした色の浅黒い若者がいる。名前を張躍栄といい、北京胡同文化遊覧有限公司の総経理(社長に相当)として60名を管理する人物だ。
1994年、16歳の彼は都会への夢とあこがれを抱いて、山西省南西部に位置する臨汾市襄汾県の農村から北京にやって来た。中学校を卒業したばかりで学校の「勤工倹学」(働きながら学ぶ)の呼びかけに応じた彼は、30人余りの同級生と共に北京でも最初の胡同めぐりの「人力車夫」となった。
張さんが北京にやって来た時、人力三輪車による胡同めぐりは始まったばかりだった。彼は観光客を三輪車に乗せて胡同をめぐるほか、彼らも四合院民家の見学やギョウザづくり体験などに案内した。ひんぱんにメディアに取り上げられたこともあって、胡同めぐりに対する認知度はどんどん高まっていった。当時の様子を張さんはこう振り返る。「その頃案内した多くの観光客は外国からの旅行団で、毎日数百人はいたものです」。彼の会社では、よく政府が手配した外国の賓客を受け入れていた。このため、ビル・ゲイツ、クリントン大統領の娘、橋本龍太郎首相などなど、張さんが案内した有名人は少なくない。
北京にやって来たばかりの頃のことになると、張さんの言葉はいささか熱を帯びる。「あの頃、髪型や服装を統一した100人余りが整列して少年宮(少年児童のための文化活動などを行う学校以外の施設)で訓練を受けましたが、それは壮観なものでした」。勤勉な彼は4年三輪車をこいだ後、チーム・リーダーになった。共に上京した同郷の仲間たちは今ではそれぞれ違った職業に就いており、この仕事を続けているのは彼だけになっている。
什刹海胡同観光
(北京胡同文化遊覧有限公司) |
観光ルート/前海西街―前海北沿―後海南沿―柳蔭街―前海西街(巡回ルート)
料金/1人80元
電話/010-66159097
サイト(中国語)/ http://www.hutongculture.com/ |
「人力車夫」には山西省、湖北省、甘粛省など北京以外からやって来た者が大勢いる。現在では「人力車夫」になるためのハードルは高くなり続けており、学歴以外に、厳格な研修を受けることが必要だ。交通、文化財、歴史、マナーなどの基本を身につけた後、什刹海の歴史や文化を学ぶ。研修後にはテストがあり、合格してようやく資格証明書が発行される。
昨今、什刹海はますますにぎやかになっており、多くのバーやレストランが並び、胡同の民家も復古調にリフォームされている。しかし、張さんは今の什刹海は商業的な香りが強すぎると感じている。彼は生活感に満ちた胡同を愛している。かつての胡同は静かで自然だった。三輪車をこいで行く中で目にする、四合院の入口に置かれた門墩(扉の開閉のための石の台座の組成部分で、装飾の意味もある)、屋根瓦の上の雑草、路地の奥にたたずむ古木などは、どれも特別な意味を持っていた。
北京に来て20年になろうとする張さんは、今ではここに家庭を持ち妻も北京で働いているが、子どもは故郷の山西省で学校に通っている。仕事が忙しいため、彼は年に1度帰省できるかどうかだ。子どもには申し訳ない気持ちでいっぱいだが、それでもこの仕事を辞める気にはなれない。なぜなら、彼は胡同が好きで、胡同にある深い人情と離れがたいからだ。 |