中国の「大国化」をどう受け止めるか | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
横浜国立大学名誉教授 村田忠禧 中国の全国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)が開幕し、日本のマスコミはこぞって2016年の国防費に注目した。公表された国防予算は9544億元。これは11年以来、前年比12.7%、11.2%、10.7%、12.2%、10.1%増という5年連続の2桁台の伸びが16年は7.6%増に下がることを意味する。おおかたの予想とは異なる発表で、本来ならその点に的を絞った分析があってしかるべきなのに、「日本の2016年予算の防衛関係費(約5兆円)と比べても3倍以上の規模」(『日本経済新聞』3月6日)と、中国の軍事費の突出ぶりを強調する記事が大半であった。このお決まり論調の源は安倍首相にある。昨年の国会での「安保法制案」審議における答弁で、彼は中国の国防費の増大ぶりをしきりと強調し、それを法案成立のための口実にしてきた。一例を挙げると「中国につきましては、公表国防費が1989年以降毎年2桁の伸び率を記録し、過去27年間で約41倍になっており、今年度においては中国の国防費は日本の防衛予算の3.3倍に達しております」(8月25日の参院特別委員会での答弁)。 はたして現実はどうなのだろうか。われわれは客観的に分析する必要がある。 軍事費とGDPとの関係から見ると スウェーデンにストックホルム国際平和研究所(Stockholm International Peace Research Institute、以下、SIPRIと略称)という研究機関があり、世界各国の軍事費を調査したデータベースを公開している。その内容は誰でも入手できる。 http://www.sipri.org/research/armaments/milex/milex_database 他国の軍事費と比較してみると理解しやすいので、ここでは米国、中国、日本、ドイツを取り上げる。なおSIPRIが公表する中国の軍事費は中国の公表国防費よりおよそ6割多く見積もられている。ここではその当否は問わず、一研究機関の研究データとして扱う。 表1 米・中・日・独4ヶ国の軍事費(SIPRIより) 単位 億米ドル
表1のように、中国の軍事費は10年以降、米国に次いで世界第2位である。14年の日本は第9位。90年を100とした場合、14年には米国が199、日本が183、ドイツが110であるのに、中国は2112、およそ21倍となった。中国の軍事費の急速な増大は事実である。 同じ時期のGDP(国内総生産)の変化を見ると表2のようになる。 表2 米・中・日・独4ヶ国の名目GDP (IMF統計 単位 10億米ドル)
軍事費と同様、90年を100とした場合、14年のGDPは米国が291、日本が149、ドイツが243であるのに、中国は2566(およそ26倍)。中国のGDPの増加は軍事費のそれを上回っている。つまり総合国力の増大に伴って軍事費も増えたのであって、かつての日本軍国主義のように、軍事費が他を圧して増大しているのではない。なお安倍首相は「公表国防費」(人民元)が「過去27年間で約41倍」と発表しているが、同時期のGDPは45倍に増えている。何が問題なのだろうか。 一人当たりで軍事費を見ると表3のようになる。 表3・中・日・独4ヶ国の一人当たり軍事費(SIPRIより)単位 米ドル
中国の軍事費は増大したとはいえ、一人当たりでみると14年ですら155ドルに過ぎない。日本の一人当たり軍事費は中国の2.3倍の360ドル、米国にいたっては12.2倍の1891ドルに達する。中国よりも米国のほうが問題ではないか。 一人当たりGDPを見てみよう(表4)。 表4 米・中・日・独4ヶ国の一人当たり名目GDP (IMF統計 単位 米ドル)
90年を100とした場合、14年の中国の一人当たりGDPは2145となり、同時期の日本が145、米国が228、ドイツが237であるのに比して中国の躍進ぶりは顕著であるが、これはそもそも起点が354ドルと低いからであって、14年ですら7589ドルでしかない。14年の米国の値を100とした場合、ドイツは87、日本は67であるのに、中国はわずか14である。中国は世界第二の経済大国になったとはいえ、まだ発展途上にあることがここからも見て取れる。見方を変えれば中国にはまだ発展する余地が大いにある。 日本の26倍の国土、10倍の人口を抱える中国の軍事費が日本の3倍であることは驚くに値しない。それをあたかも一大事であるかのように騒ぎ立てることこそ問題ではないか。「中国は軍拡に突き進んでいる」との予断にもとづく誤った判断である。 日本の対中意識を問い直そう 日本と中国の関係が良好でなく、日本人の対中感情が好ましくない、と言われて久しい。困ったことだが、日本以外の国々においても対中意識は悪化しているのだろうか。 米国にPew Research Centerという世論調査を専門に行う機構があり、中国についての各国の意識調査も行っており、その結果は以下のURLから知ることができる。 http://www.pewglobal.org/database/indicator/24/ 以下に調査対象国の平均値(中国は除く)、日本を含むいくつかの国の対中意識を表にまとめた(表5)。表外の「順位/総数」とは調査国(中国は除く)に占める日本の順位である。 表5 Pew Research Centerによる中国についての好感度(Favorable %)
順位/総数 12/12 33/36 20/20 20/21 19/20 19/20 19/19 39/39 43/43 39/39 この表を見てまず驚くことは調査対象国に占める日本の順位の低さである。例えば06年の12/12とは調査した12カ国のうち、日本が最下位であることを示している。この年の日本の数値は27で12カ国の平均値54の半分でしかない。最下位を免れたのは07年の36中の33位、09年から11年までの下から2番目(最下位はいずれもトルコ)だけで、その他はすべて最下位である。とりわけ第二次安倍政権発足以来の13年~15年の日本の数値がそれぞれ5、7、9と1桁台に落ち込んでいることは注目に値する。調査国全体のその年の平均値は52、51、54と決して悪くないし、日本と最下位を争っていたトルコですら27、21、18である。劣等生の日本が平均点を下げているのだ。中国蔑視の色眼鏡を取り外し、もっと素直に中国を見つめよう。 対立ではなく協力にこそ未来はある どうして日本の対中意識はこのように悪いのだろうか。歴史認識、靖国参拝、領土問題などいろいろな要因が複雑に作用していると思われるが、隣国、しかも政治、経済などさまざまな分野で重みを増している中国についての意識がこう悪くては日本の将来が危ぶまれる。 表6 米・中・日・独4ヶ国の名目GDPが世界に占める割合(IMF統計 %)
表6は世界における4カ国のGDPシェアの変化を示したものだが、05年には中国は5%にも達していなかった。それが11年に10%台に上り、15年には15%を越えた。今後の成長速度は緩やかになるであろうが、上昇基調が続くことは間違いなかろう。日本は05年に10%を割ってから下り坂傾向にあり、近い将来5%を切るであろう。米国、ドイツについても緩やかな下降傾向が見て取れる。世界経済の中心軸は中国を牽引力とするアジアに移った、ということは否定できない事実である。その中国は13年9月にはユーラシア大陸を横断する新たなシルクロード、同年10月には太平洋からインド洋、さらには地中海に繋がる海のシルクロードの構想(「一帯一路」)を提起し、「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)の設立をも提起した。 アジアの活力を自国の発展に結びつけようと、イギリスなど主要先進国がAIIBへの参加を表明し、中国の当初の予想を上回る57カ国が加盟して発足した。米国は現時点では参加を見合わせているが、対抗意識を示しているわけではない。同じアジアの一員でありながら「孤高」を守る日本の安倍政権の依怙地ぶりが目立つ。国際通貨基金(IMF)は人民元を5番目のSDR(特別引出権)通貨として承認した。世界経済における人民元の地位が高まることは確実で、日本は現実を踏まえた対応をすべきである。 歴史を動かす根本的な力は軍事力ではなく、経済力にある。人々が平和、公平、安心、平等に暮らせる環境の確保こそ最大の安全保障である。そのために必要なのは豊かさに向かって前進できる社会基盤の整備である。 かつて「東亜の病夫」と蔑視され、列強(とりわけ日本)に苦しめられた中国が、さまざまな曲折・模索を経ながらも、特定の国との同盟や従属の関係を持つことなく、社会主義の旗を下ろさずに、世界第二の経済大国にまで成長した。「先富」論で発展の契機を作り、活気が生まれたらその活力を内陸・貧困地帯に持ち込み「共同富裕」の実現を目指している。グローバル化とネットワークの発達で、ものごとが地球規模で展開する時代になり、より一層の発展を目指す中国は「一帯一路」構想を提起した。ユーラシア大陸、さらにはアフリカをも巻き込んだ、インフラ整備を核とした、共同発展をするなかに中国自身の発展を見いだそうとする壮大なスケールの戦略である。中国の台頭を「脅威」としか見ることのできない冷戦思考の人間には、この新しい時代の流れを読み取ることはできなかろう。日本はこの時代の大きな潮流をしっかりと捉え、一衣帯水の隣邦である中国、韓国との信頼関係を強化し、お互いの長所を活かしつつ、共に手を携えてアジア、さらには世界の平和と発展のために貢献する道を開拓していく必要があるのではなかろうか。
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