上山 幸穂
先日、東京大学の5月祭で瀬地山角氏の講演を聴講した。主題は「日中韓:隣国との関係をどう築くか/気づくか」領土問題、歴史認識の違いなどを取り上げた内容だ。瀬地山氏はこう述べる。「日本語で日本社会の議論だけを追いかけても、世界の議論はわからない。それは、中国・韓国も同じ構造であり、日本語の言語空間を越えて、相手の言語で対話できる力が重要だ。」帰路につきながら、私はある経験を振り返っていた。
2012年9月、私の通っていた大学が主催する上海での企業訪問・就業体験プログラムに参加した。私にとって2度目の上海。初めて訪れたのは2010年、購買意欲の高い中国人、高層ビルの建設ラッシュ、高度経済成長でエネルギーが溢れた都市に私は魅了された。上海万博が開催中だったこともあり、訪中客の歓迎ムードがあった。
しかし、2年後は違った。ちょうど中国国内で対日抗議のムードが高まっている時期だった。私たちが上海に渡航した直後、日本政府は争議の島を民間から買い上げ国有化することを閣議決定した。中国メディアも連日このニュースを報道、日本から来た私たちは滞在中に日本人として目立つ行動をしないよう注意する必要があった。幸いにも、同じ大学の中国人留学生達も日本から一緒に参加していたのが心強かった。また、関係者の皆様の尽力で企業訪問・就業体験は予定通り進められ、貴重な経験をすることができた。
就業体験は、日中企業が集まる大規模な商談会のイベントスタッフで、現地の中国人大学生達も一緒に働いた。私は第二言語で中国語を勉強しており、拙いながらも日本の文化など他愛のない話をするうちに、初めて現地の友人が出来た。そんな中、私たちが働いていた上海世貿展館から100m程の距離にある在上海日本国総領事館で対日抗議が開催されているという情報が耳に入った。私はその現場に近づくことはできなかったが、現地の中国人大学生が、領事館付近のデモの様子を携帯電話の写真を見せて説明してくれた。私の語学力では聞き取れなかったので、日本から一緒に来た中国人留学生の友人に通訳してもらうと「日本への抗議活動は、上海でも一部の人がしていることで、皆がそうしたわけではない」といった内容を話していることが分かった。中国人留学生の友人も「日本と中国の関係は”政冷経熱で、”こうして抗議活動が行われている目と鼻の先で日中のビジネス交流が盛況なのも象徴的だね」と話していた。その後、私たちが日本へ帰国したときには、それについての関連報道が過熱しており、私も周囲の人に中国で怖い目に遭わなかったかと大変心配された。
あの時、私は様々なギャップを感じた。2つの言語空間で生じているギャップ、日本の内側にいるだけでは気づかなかっただろう。日本の報道と中国の報道では、同じニュースでも切り口が違うし、聴衆が受ける印象も異なってくる。そもそも報道自体、実際の現場を見た人の主観と同じとは限らない。中国で生まれ育ち、日本社会で暮らす中国人留学生は、多感な時期からこのギャップと向き合ってきたと思う。そして、このギャップを埋めていく先導者もまた、両方の言語空間に身を置く者なのだ。
隣人「中国」は、言うまでもなく日本にとって政治的・経済的に重要な存在だ。今日では、政治的課題だけでなく中国経済の失速も懸念されているが、経済を下支えするためにも、日中の民間交流を通して国民同士の理解を深めることが大事である。訪日客の増加でより身近になっている隣人、インターネットを使えば在中国の人ともリアルタイムで繋がれる時代だ。私たち若い世代は積極的に交流するチャンスに恵まれている。
私はこれからも、日本だけでなく中国のメディアやSNS等に積極的に触れて、語学力と教養を身につけていきたい。そして、両言語空間に身を置く者として、両者のギャップを埋める一助となりたい。
人民中国インターネット版 2016年3月 |