日中関係と情報発信

                ――日系企業の一社員の視点から

 

沈震乾-三菱商事(上海)有限公司

「中国撤退手続き 迅速に」 

経済界訪中団 事業環境改善へ要請

この日本の新聞記事の見出しが中国で物議を醸した。今年9月、日本の大企業トップらが参加する訪中団が中国商務部と会合を開き、両国の経済・貿易について意見交換を行うと共に中国での事業環境改善を求める提言書を手渡した。海外企業による中国企業の買収や独禁法の運用基準について様々な提言が盛り込まれたのに、あえて中国からの撤退手続きを見出しにされ、まるで多くの日系企業が一刻も早く中国から撤退しようとしているかのように読めるからだ。

今年、いくつかの中国開発区の関係者と交流したことがある。中国経済が右肩上がりから安定成長を求める「新常態」に変わり、日中関係も不安定な状態が続いている為、日本企業の進出件数は例年より低くなっているという。日系企業の中国法人の設立・抹消手続を担当する弁護士事務所の日本人友達もいるが、彼の話では、今年に一部の生産企業が工場を閉鎖したり撤退したりするケースは確かに起きてはいるものの、何か月に1~2件ぐらいの頻度にとどまっている。

聞けばわかることが多いが、結局、中国現地の話を聞ける日本人がどれぐらいいるだろうか。この記事を最後まで読み終えれば、中国から撤退する話だけではなくメッセージのピントがずれているのに気付くはずだろうが、そうする人は少ないと思う。逆に、中国ではこの見出しの漢字を読んで、日本企業が中国市場から撤退する傾向にあると勘違いする中国人がどれぐらいいるだろうか。

この記事を頼りにせずインターネットで確認する人がいるとしても、関連情報がありすぎて本当か嘘かを見分けられず、とにかく多くの日本企業が中国での事業環境が悪いとして撤退しようとすることを既成事実のように受け止めることも容易に想像できる。

メディアやインターネットの情報が人々を大きく左右する情報社会だからこそ、情報の正確性がより求められている。情報発信の主な担い手としてマスメディアの責任は重大であろう。ただでさえ報道はメッセージを誤解されずに適切に伝えるべきなのに、日中関係の先行きが不透明になっている昨今はなおさら慎重に伝えなければならない。私はマスメディアの人間ではないが、日系企業の一社員として情報発信を担当することが多い。今回の見出し騒ぎを通して、日中関係における情報発信の重要性を再認識するようになった。私が勤めている会社は日本の総合商社であり、世界各地でビジネスを展開する上で、当然のことながら情報を大事にしている。特に中国での情報発信について、以下2点は非常に意義があると考える。

1点目は、日本の本社に対して等身大の中国を伝える。今年に入って様々なことが起きており、生産過剰や環境問題の深刻化がある一方で、「一帯一路」やG20会議もある。「チャイナリスク」が日本のメディアによって喧伝されている中で、中国では多くの問題が存在することは事実だが、それは確実に改善されており、国際的なプレゼンスの向上もあり、新たな産業の動向にはビジネスチャンスが潜んでいる。課題も魅力も含めてありのままの中国を伝える必要がある。

2点目は、中国の政府・企業に対して私の会社を伝える。会社の理念である「三綱領」の中には「所期奉公」(事業を通じ、物心共に豊かな社会の実現に努力すると同時に、かけがえのない地球環境の維持にも貢献する)がある。つまり、中国では「世のため人のため」ビジネス活動を行うと同時に、上海の大学に対して奨学金を提供したり貴州での植林活動に参加したりして長年に亘って中国での社会貢献活動を続けている。日中関係が困難な局面に直面しているときこそ、中国にある日系企業のような架け橋が必要になってくると思う。

情報発信は水面に落ちた一滴の水と同じようだ。その一滴はたとえ小さくても、水面に広がっていく波紋は大きく広く遠くまで伝わっていく。情報に真心がこもれば、いずれ波紋が波紋を呼ぶように、多くの人に伝わり、そして、それは国と国、民族と民族の友好を支える大きな力にもなっていくと信じている。

 

人民中国インターネット版 2016年12月

 

 

 
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