私だけの「お香」

2021-07-06 10:15:10

姚任祥=文

暮らしに生きるお香

私たち中国人は、特別な西洋の宗教の信者でない限り、ほとんどの人がお香を手にしたことがあるだろう。昔は家々に香炉があったが、今では愛好家のコレクションに変わってしまった。

の写真は、僧が読経の際などに持つ仏具の「如意」の形をした香粉式の香炉だ。凸型に固めたお香の粉に火を点けると、香粉がゆっくりと燃えていく。その上に蓋をすると、煙は蓋の上の縁起の良い文句に沿って立ち上がり、何かを語るかのように、ゆらゆらと滑らかな予期せぬ曲線を生み出す。まるで香炉に書かれためでたい文句を飽きもせず読み続けているようだ。昔の人はなんて賢いのだろう。

 

私には書道が好きな友人がいる。彼女は毎日必ず線香を一本たき、静かに煙が漂う行方を見つめ、その曲線を模写する。時がたつにつれ、彼女の字はおのずと世俗を超越した境地に達した。

生活と礼儀を記した中国最古の歴史書『尚書』(書経)には、古代の祭典にすでに「至治馨香、感于神明」(善政の良い評判は、神をも感動させる)という語句があったと記されている。5000年余りを経て、現代人の生活はより忙しく複雑になったが、今でも祖先や神を敬う美徳は保たれている。毎日、心を込めて線香を一本たき、家では祖先を拝み、寺院では神を祭り、幸せと恵みが広くもたらされ、無病息災の加護を受けられるよう祈願している。

お香の使い道は祭祀だけではない。例えば、アロマセラピーは気持ちを落ち着かせる効用があり、蚊取り線香は虫を追い払ってくれる。わが家には樹齢百年になるシマミサオノキがあり、これを原料にお香を作ることができると聞いていたが、ずっと実行していなかった。

2年ほど前に野菜作りを始めてから、地面を掘ったコンポストに生ごみや樹皮を混ぜ合わせて堆肥を作ろうとしたが、コンポストの蓋を開けるたびに蚊やハエがワッと飛び出してくる。虫たちを傷つけたくないので、煙でいぶして追い払う作戦を思い付き、わが家のシマミサオノキを思い出した。

このシマミサオノキは、毎年台風の季節になると多くの枝が折れて地面に落ちる。形の良いものは生け花の材料に使う。残った枝も捨てるのは忍びなく、仕事場のそばに積み上げておくが、乾くとほのかな香りが漂ってくる。私はこの枝を利用しようと、ネットで中古の漢方薬の薬材スライサーを買い、枝を細かく切った後、ミルにかけて粉状にした。これに自家栽培した唐辛子を加え、花山椒とコショウの粉と合わせて燃やした。辛い煙にむせてくしゃみを連発し、涙と鼻水が止まらなかったが、虫よけの効果は抜群だった。

原始的なやり方で成功したので興奮したが、長続きするとは言えない。粉末作りは大変な労力が必要だし、粉を燃やすときも人がそばにいて時々かき混ぜないと、火が均一に通らず消えてしまう。これでは手間暇がかかり過ぎる。粉を固めてお香を作れば、時間を大幅に節約できるのではないか。そう考えると、お香という学問をもっと知りたくなった。

 

藍楠の香り

書物によると、中国の香は黄帝(古代中国で最初の帝王)の師である「九天玄女」(中国神話の女神)が発明したもので、お香を作る人たちはこの女神を敬って「香媽」と呼び、守護神としてあがめた。

彼女がお香を発明したきっかけは、父親が重い病にかかったことだ。意識不明となり、薬も飲めない父親の病気を治すため、彼女は漢方薬を粉にしてもち米と水で棒状に固め、天日干しにした後に火を付け、薬効の混ざった煙で父親の部屋を満たした。これが効いたのか、父親は次第に回復していったという。今はやりのアロマセラピーも、まさにこの理屈ではないだろうか。

製香法を勉強するため、わが家のシマミサオノキの細い枝を持って、台湾北部の桃園にある古い製香工場を訪ねた。社長の王さんが見せてくれたお香用の木材はどれも立派で、私の背丈と同じぐらいの沈香と白檀は1本で100万元以上もした。うちのシマミサオノキの枝とは比べものにならない。

王さんの製香工場では、香脚(お香の持ち手の部分)から香粉まで全て手作業で作る。香粉を均一につける「展香」は、お香の芯をうちわのように広げて持ち、力を入れてあおぎながら香粉をつけ、あおいでは乾かす作業を4回も5回も繰り返さなければならず、かなりの労力と時間が必要だ。年配の師匠が苦労して香を作る姿を見て、あちらは神々へ祈る衆生のためにお香を作るのに、私といえば虫除け用のお香を作るだけ。そう思うと、シマミサオノキの枝を出すのが気恥ずかしくなった。

王さんによると、お香の需要はとても多いのに、作れる人は減る一方だという。機械で代用するにも限りがあるため、値段はどんどん上がっているとのこと。一方で近頃は、材料をごまかして火薬や硝酸、石灰を加えて燃えやすくしているメーカーもあるという。このため、お香をたく際に発癌性物質が生じてしまう。本当に天に背き道理にもとる行為だ。

王さんによると、お香をたいて部屋に煙が充満したり、お香の灰に触るとやけどしたりするようであれば、それは火薬か他の化学物質を加えてあるに違いないという。こうしたことから、お香の値段には大きな違いがあり、買うときに注意しなければならないという。

今回の「桃園行」では、シマミサオノキのお香作りの計画は実現しなかったが、見識が広がり、お香作りについてさらに理解が深まった。

しかし私は、シマミサオノキのお香を作るという夢をまだ諦めなかった。しばらくして、友人が高価な竹炭を使った線香作りの特許を申請したと聞いた。私は興味津々で、大切な「宝物」の木の枝で実験してくれるよう頼んだところ、彼はしぶしぶ引き受けてくれた。こうして、私のシマミサオノキのお香作り計画はついに実現となった。

この私の夢を混ぜ合わせたお香は、わが家のシマミサオノキの他にジンコウ、カルダモン、陽春砂、クローブ、ベニバナ、テンジクオウ、竹炭からの抽出液を使い、古来の方法にのっとり、天然の樹液と粘液で精製したものだ。

この淡いシマミサオノキの香りをいろいろなところで楽しめるように、私は竹の取っ手を付けたお香皿を考案した。こうして家や仏堂だけでなく、手に提げて持ち歩け、ちょっとした片隅にでも置いて使えるようにした。

 

作者お手製の取っ手がついたお香皿

わが家のシマミサオノキには、春夏の間に必ずタイワンカササギ(台湾特有種の藍色のカササギ、別名ヤマムスメ)がやって来て、木のてっぺんに巣を作ってはひなを育て、感動的な命の物語を繰り広げる。そこで私は、このお香を「藍楠香方」(青いシマミサオノキの香り)と名付けた。

天地万物を慈しみ、生命や自然を尊重する気持ちを抱き、私はさらに多くの友人と、タイワンカササギ、シマミサオノキとの縁(絆)を分かち合いたいと思う。

「藍楠香嫋嫋,既馨且逸遠」(藍楠の香りゆらゆら、麗しく遠きにも香る)。淡く立ち上る「藍楠香方」の香りとともに心に静謐な世界が広がり、私はしばしあの「虫除けお香計画」を忘れたのだった。

 

風の当たり具合によって絶えずゆっくりと形を変えるお香の煙は、見る人の心を落ち着かせる

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