「W杯優勝で返金」騒動の啓示

2019-02-26 10:39:38

 「フランスが優勝したら、華帝は全額返金!」。昨年のサッカーW杯ロシア大会の期間中、中国のキッチン家電メーカー「華帝」(Vatti、深圳証券取引所上場会社)は、このような「ギャンブル式」のマーケティング活動を展開し、ネット上で注目を浴びた。実際フランスは優勝したが、華帝は本当に宣伝文句通り全額返金したのだろうか。

 「華帝に返金する資金力はないのでは」と、人々がまさに気に掛けていた昨年7月16日午前0時54分(北京時間)、SNSサービスの「微信」(WeChat)の華帝公式サイトは「全額返金の開始」を宣言し、詳細な返金プロセスを公表した。この知らせは、仏代表の優勝というニュースとほぼ同時に、微信の情報共有機能の「モーメンツ」を駆け巡った。

 華帝が有言実行! 上記の宣言を受け、華帝が今回のW杯で展開したマーケティング活動が大成功を収めたというニュースが、再び人々の関心を集めることとなった。

「全額返金」巡り騒動勃発

 華帝は昨年3月、仏代表チームと正式に契約し、同代表のオフィシャルパートナーとなった。その後、華帝はスポンサーとしての地位を生かし、「優勝セット」(全額返金の対象となる換気扇、ガスコンロ、給湯器などの組み合わせ商品)の販売を開始。5月30日には、もし仏代表が優勝したら、6月1日午前0時から同月30日午後10時までの期間に、「優勝セット」を購入した消費者に対し、領収書に基づいて全額返金の活動を行うと発表した。また同30日には、仏代表がベスト8に進出したことを受け、華帝は返金対象となる購入期間を3日間延長し、7月3日までとした。

 華帝の7月5日の公式発表では、6月1日から7月3日までの期間中、対象商品の店頭などでの販売とECサイトを通しての販売総額は、それぞれ約5000万元と2900万元に上った。また、商品全体の販売総額も前年比2億3000万元増となる約10億元に達した。

 ところが、ここで問題が起きた。商品の購入者から、「返金してもらえない」「金ではなく商品券で返すと言われた」などといった苦情が噴出。この騒動に消費者協会も乗り出す事態となった。

「ギャンブル式」広告の問題点

 この問題を法的な角度から見てみよう。まず、事前に発表していた「フランスが優勝したら」という条件が満たされてすぐ、華帝が自主的に「全額返金」を履行する姿勢を示したことで、虚偽広告と見なされて行政処罰を受けたり、民事賠償責任を負ったり、または炎上事件に発展したりするリスクをとりあえず回避することができた。

 しかし、その後に華帝は、店頭などでの販売分5000万元については、華帝の代理販売業者が返金し、華帝自身はネットなどでの販売分2900万元の返金を行うだけと発表した。さらにネットでの販売分の返金は現金(キャッシュバック)ではなく、購入時に使用された電子商取引プラットフォームが発行するプリペイドカードの購入額分を提供するとしている。

 つまり、華帝は事前に「全額返金」とうたっていたが、購入者が店頭購入かネットかによって、実際の返金の対応が異なる、ということだ。店頭で「優勝セット」を購入した人に対しては、店頭で全額現金で返金が行われる。一方、ネットで購入した人に対しては、現金ではなく相応額のプリペイドカードが提供されるのだ。

 華帝はプリペイドカードも現金に相当すると述べているが、この点についてメディアや消費者からも疑義が出ている。もしネットでの購入者が対応の差に不満を持ち、虚偽広告に当たるとして訴え出るようなことがあれば、問題はより複雑になるだろう。

 日本では、現金を購入者に返還するキャッシュバック・キャンペーンは珍しくもないだろう。しかし中国では、華帝がこのようなマーケティング活動を展開したことで、華帝という企業に大きくスポットライトが当てられ、その良し悪しまでが取り沙汰される事態となっている。

 その一例として、今回のマーケティング活動期間中、華帝の北京・天津地区の販売代理業者(法定代表人)が別の債務問題が原因で失踪し、財産が差し押さえられるという事件が起きた。また、これが広く報道され、華帝の株価の暴落も起きた。さらに、メディアや消費者から、そもそも華帝に「全額返金」を実行するほどの財力や信用力があるのか、といった疑問さえ寄せられるまでに至った。

 また一部のメディアは、華帝の未回収の売掛金が大きく増加していることや、近年広告費用が増加の一途をたどり、研究開発投資を大きく上回っていることなども大きく取り上げた。このように過剰な注目を浴びる中で、今後どのように問題の対応および解決を図っていくか、華帝の真価が試されることになる。

真の信用獲得へ長い道のり

 華帝は今回のマーケティング活動において、約2900万元の返金費用(華帝自身が返金を行う金額)と少額の広告費だけで、他のスポンサー企業をはるかにしのぐ広告効果を上げたとも言える。その点では、損失がないどころか、「エビでタイを釣った」とも言えるだろう。また、こうした華帝のマーケティング活動を「教科書に載せるべき戦略」として、もてはやすメディアもある。今後、後追いする企業も出て来るかもしれない。しかし、今回の華帝のようなマーケティング活動は、仏代表チームの試合結果に直接的な影響を受けている。その結果、実際には射幸心をあおるような、極めてギャンブル性が強いものになっている。ここに法的リスクが潜んでいることにも注意が必要だ。

 一般的に、スポーツと関連するマーケティング活動は、スポーツの持つ健全なイメージやクリーンさ、精神性を製品と結び付け、消費者に対し信頼性の高い製品イメージを構築し、長い時間をかけて信用を勝ち取っていくものである。ところが、今回のような「ギャンブル式」マーケティング活動では、人々が興味を持つのはその製品やブランドではなく、「ギャンブル」の勝ち負けや返金額がどれぐらいになるかといった結果である。

 今回のマーケティング活動で、華帝が一時的に非常に高い知名度を獲得したことは事実だ。しかし、これは消費者の信用を勝ち取ったことを意味するわけではない。真の信用とは、苦心を重ね、企業の管理水準や製品の質を向上させることによって初めて勝ち取れるものであり、華帝の前には、これからも長い挑戦の道のりが待ち受けている。

 

弁護士 劉淑珺(りゅう・しゅくくん)

北京の環球法律事務所のパートナー・弁護士。北京大学で修士号を取得後、東京大学大学院に留学。2009年、森・濱田松本法律事務所での研修を終え、帰国。北京の金杜法律事務所、上海の方達法律事務所を経て、2018年から環球法律事務所の日本業務チーム責任者として日中間の法律業務の第一線で活躍。

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