中国人の日本不動産買いに影

2019-05-06 09:51:24

昨年秋、日本の大手弁護士事務所が開いた中国人投資家向けの対日投資セミナーに参加したときのことだ。会場で、参加者のA氏が次のような質問をした。「私は友人に頼んで日本の不動産を買った。代金は友人が先に立て替えて日本円で払い、その後で私が相当額の人民元を友人の中国の銀行口座(1)に振り込んだ。このようなやり方は日本の法律上問題となるか」 

 

中国人の日本不動産「爆買い」  

A氏の質問は、中国人による海外不動産投資の増加という、中国でも大きく注目されている現象を反映したものだ。近年、超低金利や円安(2)により、日本でも中国人による不動産の「爆買い」が見られるという。さらに今や日本は、米国やオーストラリア、カナダに次ぐ不動産投資先として人気だという声も聞かれる。 

日本のある不動産会社の話では、2016年ごろから不動産の購入目的で日本を訪れる中国人旅行客が増えてきた。この会社が東京で開催した中国人向けの不動産投資説明会に、中国から来た父親と一緒に参加した留学生もいたらしい。こうした中国人はその場で物件の購入を決めることが多く、中にはビル1棟を丸ごと買う人もいるそうだ。 

中国人による日本の不動産の「爆買い」は中国でも報じられており、中国のメディアは、「16年6月ごろ、和歌山県白浜町に開発中の別荘エリアでは、中国人の購入者の名前が書かれたプレートが数多く見られた」と伝えている。中国人による日本の不動産の購入は、都市部だけでなく地方にも拡大しているようだ。 

一方で、「中国人による日本の不動産への投資は、本来であればもっと加熱するはずだ」と話すのは、中国で不動産業を営む資産家のB氏だ。「日本円の対人民元レートの下落と、東京五輪を控えて都心の不動産価格が高騰したことで、利回り(3)の有利な物件は大きく減った。しかし、中国と比べれば、日本にはまだまだ利回りが悪くない物件が多いので、投資の潜在的需要は大きいはずだ。ところが、日本の不動産への投資はそれほど大きな伸びは見せていない。これには大きな理由がある」 

B氏のいう大きな理由とは何か。実はその答えは、冒頭で紹介したA氏の質問とも深く関係する中国の外貨(4)管理制度にある。  

中国では極めて厳しい外貨管理が実施されており、例えばA氏のように私人間で外貨の授受を行うと、外貨管理条例に定める外貨不正取得(注1)に該当すると見なされる恐れがある。また、中国国外で不動産を購入する場合、支払った外貨が中国の銀行で両替(5)したものであっても、外貨の不正持ち出しに該当することになる。なぜなら、中国では資本項目の外貨両替がまだ一部規制されており、資本項目としての個人による海外投資は、QDII(適格機関投資家)など指定のルートを通して行わなければならないからだ。

 

「地下銀行」「アリの引っ越し」撲滅へ  

17年7月1日から、中国の国家外貨管理局(以下、「外貨管理局」という)による「史上最も厳しい外貨管理」が始まり、外貨市場の管理、各種の外貨管理法令違反行為の取り締まりが大きく強化された。また昨年10月には、同局は外貨管理法令違反行為に関する通達の中で、違反事例20件を公表。そのうち個人による違法行為の事例が7件あった。内訳は、いわゆる地下銀行を利用して不動産購入資金の国際送金を行った事例が3件、外貨不正持ち出しの事例が4件だった。地下銀行の利用や「アリの引っ越し」(注2)等の行為は、中央銀行や外貨管理局の重点的な取り締まり対象だ。 

上記2種類の違法行為とは実際にどのようなものか、公表された事例から紹介する。まずは、地下銀行を利用しての不正な海外送金。 16年7月、蔡某は海外に資産を移転する目的で、1300万元を地下銀行が保有する中国国内の口座に入金し、同銀行の外貨両替サービスを利用して海外の口座に送金した。送金された資金は、不動産担保ローンの返済やその他の用途に充てられた。この行為は「個人外貨管理弁法」に違反し、外貨不正取引に該当するため、外貨管理条例に基づき、65万元の過料が科された。  

もう一つの「アリの引っ越し」という手法も、資産の海外移転によく使われる。 

17年9~10月、李某は不正に海外へ資産を移転する目的で、国内26人の年間持ち出し限度額を利用し、個人資金を分割した上で海外口座へ送金し、合計約130万相当の資金を不正に移転した。これも「個人外貨管理弁法」に違反し、54万元の過料が科された。  

 

厳しさ増す中国の外貨管理制度  

では、日本への不動産投資の送金にも、このような手法が使われているのか。B氏は否定する。「こういう仕組みは日中間には存在しない。あったとしても、不動産投資ができる数億、数十億円以上レベルの実質的な送金機能はない。だから、中国から日本に向けた不動産投資は、日本で騒がれているほど多くはない」。B氏の言う日本への不動産投資がそれほど伸びない大きな理由が、これだ。

実際、中国大陸部から不動産投資のための送金はできず、日本の不動産を購入している中国人は、香港から自由に外貨を送金できる一部の富裕層などだ。B氏の友人は、都内に15億円の優良物件があったので購入を計画していたが、結局、送金方法に悩んでいるうちに、別の買い手がついてしまったという。 

当然だが、地下銀行や「アリの引っ越し」手法で日本に送金できたとしても、それは取り締まり対象となる違法行為だ。中国政府の外貨管理法令違反行為に対する姿勢はますます厳しさを増し、取り締まりや違反事例の公表も頻繁に行われるようになってきている。 

また、こうした外貨管理法令違反行為は行政処罰のほか、刑事責任を追及される恐れもある。最高人民法院および最高人民検察院(それぞれ日本の最高裁判所、最高検察庁に相当)は今年1月31日、「資金支払決済業務に違法に従事し、違法な外貨売買を行う刑事事件の処理における法律適用に関わる若干の問題に関する解釈」を公表。前記のような外貨による売買行為について情状が重い場合、違法経営罪として刑事責任を追及する――としたからだ。「情状が重い」とは、違法経営金額が500万元以上の場合をいい、5年以下の有期懲役に処するとしている。 

中国人の日本不動産への投資熱が冷めることはしばらくなさそうだが、これでは投資の大幅な増加も見込めなさそうだ。  注1 中国国内の組織または個人が、特定の方式により密かに他者から人民元または物品を引き換えに、外貨または外貨収入を取得することを指す。  注2 送金する資金を分割し、親戚友人などに年間持ち出し限度額を超えない範囲で海外へ送金してもらうこと。例えば、30相当の資金を海外へ送金する場合、1人年間5万という持ち出し限度額があるため、自分だけでは全部送金することはできない。しかし、親戚友人5人にも手伝ってもらい、計6人が持ち出し限度額の5万ずつ送金すれば、合計30の送金が可能となる。  

 

1账户   銀行口座 

2日元贬值   円安

3 利回り

4   外貨

5货币兑换   両替

 

弁護士 鮑栄振(ほうえいしん)

北京市の環球法律事務所のパートナー弁護士1987東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究中国政法大学国際環境法研究所研究員、同大法律碩士学院客員教授、中国法学会弁護士法研究会理事、中日民商法研究会副秘書長等を務める。

 

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