「MLGB」は卑語?「商標」?

2019-05-08 20:20:01

ネットで「ピンイン略語」が流行

 世界のほとんどの言葉と同様に、中国語にも卑語(下品な言葉)がある。卑語は中国語では「脏话」「」といい、汚い言葉または悪意を込めた言葉を指す。

 従来、中国語の卑語は、基本的に漢字で表されていた。しかし、ネット時代の到来とともに、漢字に代わりピンイン(発音のローマ字表記)で単語を表すことが流行し始める。すると、「MLGB」「CNM」「TMD」「TNND」といったピンインの頭文字を使った卑語が次々と誕生し、ネット掲示板(1)やソーシャルメディアにあふれることとなった。多くの中国人は、これらのピンインによる略語を見て、卑語を指すものだと直感的に理解する。

 例えば、「MLGB」は、国民的なののしり言葉とも言える「了个逼ma le gebi」のピンインの頭文字を組み合わせたものだと、中国人ならば誰でも知っていると言える。ところが、なんとこの「MLGB」が、かつて商標として登録されていたのだ。

 もちろん卑語として商標登録(2)されたわけではない。中国の俳優リー・チェンと台湾の歌手ウィルバー・パンが立ち上げた、ストリートファッションのブランド名として商標登録されていたのだ。リー氏らは2009年にも別ブランド「NPC」を立ち上げており、上海など国内に6店舗とEコマースを展開。流行ブランド(3)に成長している。

 

意味は「私の生活は良くなる」?!

 実はすでに101215日、リー氏らが設立した「ジャンケ・トレード」社(上海俊有限公司)は、「MLGB」の商標登録を出願。審査を経た1年後には、衣料や靴、帽子、スポーツウェアなどの分野で商標登録が認められていた。リー氏らによると、この「MLGB」とは「My life is getting better」(私の生活は良くなってきている)の略語とのことだ。しかしネット上で「MLGB」は明らかに卑語として使われることが多く、リーらの言い分をそのまま信じるネットユーザーは少ない。

 それを示すこんな話がある。数年前、ある弁護士が空港で若い女性が「MLGB」と書かれた衣服を堂々と着ているのを見て、思わず目を疑った。その弁護士は、大方、友人にいたずらでもされたのだろう、などと考えた。後に、「MLGB」は登録商標であり、法律的に独占排他権が付与されていることを知った。弁護士はこんな下品なピンイン略語が商標登録の審査に合格するとは、一体どういうことだと頭を抱えたという。

 

表現の是非争う訴訟に発展

 姚洪軍氏も、この弁護士のように「MLGB」の商標登録に衝撃を受けた一人だ。姚氏は、「MLGB」は非文明的な言葉を連想させ、衣服や帽子などの商品に商標として使うことは公の道徳や秩序を損なうとして、商標を審査・管理する国家工商行政管理総局の商標評価委員会(以下、「商標委」という)に商標無効の宣告を請求した。

 これを受けて、商標委は3年前、以下のように認定し「MLGB」の無効を宣告した――「ジャンケ・トレードは『MLGB』が『My life is getting better』を指すものであると主張しているが、同社が提出した資料では、かかる意味が既に大衆に周知されているものであることを証明できない。反対に、大衆は実際には『MLGB』を非文明的な言葉であると認識している。現在、『MLGB』というピンインの組み合わせはインターネットなどで広く使用されているが、この言葉は低俗でネガティブな意味を持つものであるため、これを商標として使用することは社会主義の道徳、風習を害し、悪影響をもたらす恐れがある。よって、当該商標の無効を宣告する」。「MLGB」は、こうして商標法第10条の規定に違反すると認定され、無効宣告が行われた。

 ジャンケ・トレードはこれを不服として、北京知的財産権(4)法院に行政訴訟を提起し、商標委の無効宣告の取り消しを求めた(「MLGB」事件と呼ばれる)。

 同法院による審理では、ジャンケ・トレードが「MLGB」と同時に、「草」と「cao ni ma」(草泥のピンイン表記)という商標登録も出願していたことを示す証拠が、前述の姚氏から示された。この「caoni ma」も頻繁に使用される卑語の発音に似てピンインが同じであることから、ジャンケ・トレードにこうした商標を使い、低俗な文化に迎合しようとする明確な意図があった、と同法院は見なした。

 この結果、北京知的財産権法院は以下のように認定し、商標委と同様、「MLGB」は商標法に違反するとして、ジャンケ・トレードの請求を棄却(5)した――「社会主義の道徳、風習は大多数の人間の認識によって形成されるものであり、一部の人間が『MLGB』に非文明的な意味があると認識しているからと言って、『MLGB』が非文明的な言葉であると直ちに断ずることはできない。しかしながら、ジャンケ・トレードは『MLGB』が『My life is getting better』の略語であると主張してはいるものの、このような省略方法が英語の中で一般的なものであるとは証明しておらず、またそのような意味があることにより、人々の『MLGB』という言葉に対する嫌悪感を打ち消すことができるという証拠も存在しない。(中略)(この)商標登録を維持すると、(中略)必ず社会全体の道徳、風習に悪影響をもたらすことになる」

 ジャンケ・トレードは、同法院による一審判決を不服として北京市高級人民法院(日本の高等裁判所に相当)に控訴したが、同法院は2月1日、控訴を棄却、原判決を維持する二審判決を下した。これにより、「MLGB」事件はジャンケ・トレードの敗訴という形で幕を閉じた(中国は一般的に二審制)。

 

判断分かれるネット語の社会影響

 以前は、漢字の組み合わせのようなもので標章の商標登録を出願した場合、それが公の道徳や秩序を損なうかどうかは一目瞭然で、見方や意見が分かれることはあまりなかった。例えば、「黑社会」(日本語では「暴力団」「やくざ」の意味)などの単語を商標登録する場合、公の道徳や秩序を損なうことは明らかであり、議論の余地はないだろう。

 しかし今日では、インターネットの普及に伴い表現方法も変化。漢字をピンインに置き換えて表記するなど、新手の方法が次々と出てきている。実際に、「MLGB」事件の判決文でも、ネット上では独自の言語習慣やスタイルによる「ネット用語」が生まれ、その一部は新語や流行語として大衆の日常生活に浸透しつつあることを認めている。

 一方で、このような新たな表現による言葉が、「社会主義の道徳、風習を害し、またはその他の悪影響をもたらすもの」に該当するかどうかについては、その判断は分かれる。「MLGB」事件の第二審では、合議した裁判官の間でも意見が分かれた。少数意見ではあったが、「『MLGB』の商標登録が、ネット上の一部の低俗な文化に迎合することを目的としたものであったか否かは、商標法の規定が想定している問題ではないため、同規定に違反したことを理由に無効を宣告するべきではない」という考えも存在した。また、合議した裁判官の全員が、「『MLGB』の非文明的な意味を認識しているのは、頻繁にSNSを利用する青少年に限られる」という見方を示していたことは興味深い。

 

ますます厳しくなる商標審査

 ジャンケ・トレードはこの訴訟の際に、ほかにも卑語を連想させる、「CNM」「MD」「SB」「TMD」といった表記が商標登録済み、または出願中であると明かした。また、国内外や関連業界では「MLGB」に類似する商標が大量に使われており、その中には良く知られる商標も少なくないと主張した。

 ネット上では、今日もさまざまな表現が生まれては消えている。ピンインの頭文字を組み合わせ、卑語を表記することも流行の一つだ。しかし、公序良俗を守るという観点から言えば、こうした商標の持つ意味がどのようなものであるかは、やはり大衆の総意(または大多数の共通の認識)によって判断されるべきものであり、「ターゲット消費者」のようなごく一部の人々によって判断されるべきものではない。

 たとえ「MLGB」が「ターゲットの消費者」にとって「My life is getting better」という美しい意味を持つものだとしても、他の大部分の人々は納得しないだろう。商標審査が日増しに厳しくなる昨今、ネガティブな意味合い、低俗、悪影響をもたらすものは、今後も登録を拒否される可能性が極めて高いだろう。

 

1络论坛 ネット掲示板

2注册 商標登録

3)潮牌  流行ブランド

4识产权 知的財産権

5  棄却

 

弁護士 鮑栄振(ほうえいしん)

  北京市の環球法律事務所のパートナー弁護士1987東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究中国政法大学国際環境法研究所研究員、同大法律碩士学院客員教授、中国法学会弁護士法研究会理事、中日民商法研究会副秘書長等を務める。

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