IT業界の競争と独禁法

2019-06-17 14:10:39

鮑栄振=文

万能「スマホ」でスリも廃業?

 いつからだろうか、北京の路上で手を挙げても、なかなかタクシーをつかまえることができなくなった。今街を走るタクシーは、ほとんどがスマートフォン(スマホ)の配車サービスアプリを使って予約する。筆者が会議や旅行で空港や駅に行くときも、よく配車アプリを使ってタクシーを予約する。スマホの簡単な操作で手軽にタクシーを呼ぶことができ、とても便利だ。

 今では、こうしたスマホのアプリは、食料品や日用品の購入、食事代、駐車料金、水道電気ガス代の支払いなど、さまざまな場面で使え、さながら「スマホ万能時代」といったところだ。その一方で、財布やクレジットカードを持ち歩く人は年々少なくなり、スリたちも廃業の憂き目に遭っているかもしれない。ITやインターネット、AI(人工知能)などの急速な発展に伴い、SNS、電子決済、Eコマース、配車サービス、投資、飲食店での割引きなど、日常生活の多くの場面でスマホに頼ることが多くなった。「インターネット+(プラス)」が生活のインフラになりつつあり、デジタル経済時代の到来をつくづく感じている。

 

何か変!料金決定アルゴリズム

 配車アプリを何度か利用するうちに、ある問題に気付いた。目的地に到着後に支払う料金が、予約時にアプリに示された料金より毎回20元以上高いのだ。料金は、配車会社の料金決定アルゴリズム(最適化の自動計算法)によって決定されている。毎回決まって予約時より高い料金を取られるところを見ると、そもそも配車アルゴリズム自体がそう設計されているのだろう。興味を引かれた筆者は、いろいろ考えを巡らせた。

 まず、このような料金決定アルゴリズムは、中国のIT業界の急速な発展を反映するものだと言える。クラウドコンピューティング、ビッグデータ、AIなどの開発応用に携わる企業は、データをデジタル経済における最重要要素と位置付け、利益や競争での優位さを得るために活用している。

 一方、ユーザーにとって、このような料金決定アルゴリズムはやや横暴な感じがするのは否めない。こうした料金決定アルゴリズムは、ほとんどの配車サービス企業で採用されており、ユーザーには選択の余地がないからだ。では、このようなシステムが業界で統一的に用いられているのは、企業の共謀によるものなのだろうか。

 2015年末、世界的な配車サービス「Uber」(ウーバー)のユーザーがウーバーのCEOを相手取り、米国の裁判所に訴訟を起こす事件があった。原告のユーザーは、ウーバーが各ドライバーと契約を結ぶことで、ドライバーらにウーバーの料金決定アルゴリズムを使わせ、これによりドライバー間の正常な競争を制限し、水平的共謀を構築推進した――と主張した。判決ではこの主張が受け入れられ、ウーバーの行為はいわゆるハブアンドスポーク型のカルテルに当たると認定された。すなわち、ドライバーの間で直接コンタクトがなくとも、第三の事業者であるウーバーが「ハブ」(仲介役)となって間接的に料金情報をやりとりすることでカルテルを作り、不正に競争を制限したと判断されたのだ。

 中国では、独占禁止法の施行からもうすぐ11年となる。この間、IT業界は急速な発展を遂げた。現在、世界のIT関連の大企業トップ20社のうち、中国企業は9社を占める。特にネット金融、電子商取引プラットフォームの発展は目覚ましく、中国の経済発展を促進する大きな原動力となっている。同時にIT市場では、非常に激しい競争が繰り広げられている。上位企業の一部は、競争を勝ち抜くためには市場での支配的な地位の乱用もいとわない。このような背景の下、中国のIT業界は寡占化が進み、一部の細分化された市場は、すでに寡占または複占状態となっている。 

 

IT企業が「乱用」巡り訴訟合戦

 中国の裁判関連文書が多く公開されている「中国裁判文書ネット」のホームページで、「市場での支配的地位の乱用」というキーワードで検索すると、中国のIT分野でこれに関する訴訟はこの10年で10件ある。しかし和解した1件を除き、9件全てで原告が敗訴している。

 IT企業の競争における行為が、市場での支配的地位の乱用に該当するかどうかについては、学界や業界、世論も見方が大きく分かれる。判決でも、「被告による市場での支配的地位の乱用を証明する科学的、客観的な市場シェアの計算方法を示すことができていない」「現有の証拠からは被告の行為が競争を制限排除すると認定できない」など原告の立証不足が指摘され、裁判所の支持を得られなかったものが多い。

 こうした中、中国の大手IT企業の「テンセント」(騰訊)と「奇虎360科技」による訴訟合戦が勃発した。本件は中国初のIT分野で独占禁止法違反を問う事件として、その判決は中国のIT業界に大きな影響を与えた。

 そもそもこの争いは、テンセントのインスタントメッセージソフト「QQ」がユーザーのパソコン内の文書をスキャンしているとして、2010年に奇虎360科技が同機能を防ぐソフトを発表したことが発端だった。これに対抗してテンセントは、奇虎360科技のソフトが入ったパソコンへのQQサービスを停止する措置をとった。このためユーザーは、両社のソフトの一方しか使えない不便な状態に追い込まれた。

 両社の対立は、それぞれのソフトの頭文字から「3Q大戦」と呼ばれた。互いに相手を訴える訴訟合戦の末、争いは最高人民法院にまで持ち込まれた。そして判決は、リアルタイム通信分野の市場競争は十分に行われており、参入が比較的容易であるとした上で、現有の証拠ではテンセントの「QQ」が市場での支配的な地位を有するとは証明できないと認定、奇虎360科技側の訴えを棄却した。ただし、同法院の判決や市場シェアの計算方法については賛否両論あり、今日でも業界や学会で議論が続けられている。

 

時代に沿った「独禁法」期待

 前記のように、IT企業による市場での支配的地位の乱用には統一された判定基準がないため、独占禁止法の執行機関は長い間苦しい立場にあり、訴訟において勝訴を勝ち取ることができないでいた。

 ところが、「山重水複疑無路、柳暗花明 又一村」(山が重なり川がうねり、道が尽きたかと思ったら、視界が開け、柳が影を落とし明るく花が咲く村がまた現れた。困難に屈せず努力していれば道は開けるという意味)という言葉があるように、国家市場監督管理総局は今年1月30日、「市場での支配的地位の乱用行為の禁止に関する規定」の改正案を公示し意見を募集した(以下、「意見募集稿」という)。この意見募集稿には、この問題の改善、ひいては完全な解決を図るための内容が盛り込まれている。

 昨年、中国は独占禁止法の執行機関の「三合一」(商務部、工商総局、発展改革委員会の3機関の独禁法部門の合併)改革後、新たに発足した独占禁止局で独占禁止法の執行基準の統一化詳細化を進めている。意見募集稿は、その取り組みの成果だと言える。意見募集稿では、初めてIT事業者の市場での支配的地位について規定されており、今後IT企業の独占行為に対し関係機関が法執行する際には、この規定がその指標や法的根拠となる。

 例えば、「データの独占」という最先端の問題についても、意見募集稿では、IT事業者の市場での支配的地位を認定する際には、その市場シェアを考慮するだけでなく、事業者が掌握する関連データの状況も考慮しなければならない旨が規定されている。IT企業によるデータの独占が、独占禁止法の執行における判断材料に加えられたのは初めてだ。

 IT企業の市場での支配的地位の判断要素に、データという視点を加えたことは、ビッグデータ時代におけるデジタル経済の特徴に合致しており、時代の変化に合わせた法治が実践されている。このように今後も引き続き、時代の流れに合わせた法制度の整備が行われていくことを期待してやまない。

 

 

関連文章