「皇帝の娘」も嫁ぎ先を心配

2019-10-11 15:49:04

鮑栄振=文

法律専攻の大卒者は就職難?

 北京の法律系の有名大学に中国政法大学がある。その修士学院(大学院)が昨年の夏、高校生向けに開いた各職業の紹介講座で、筆者は弁護士という仕事を代表して、次のような話をした。

 「中国は現在、法による国家統治を全面的に推し進めており、さまざまな業界で法律専攻の大学卒業生らが重用されるようになっています。皆さんが本学で法律をしっかりと学べば、卒業時には『皇帝の娘、嫁入り先の心配なし』ということわざのように、裁判官や検察官、弁護士や公証人などの法曹界をはじめ、企業の法務担当者など良い就職先を選び放題です」

 「法律専攻の大卒者らは就職先を選び放題」というのは、筆者の長年にわたる弁護士の実務経験から出た結論である。ところが先日、第三者調査機関のマイコス研究院が発表した『就職青書2019年中国大学生就職報告書』を読んで驚いた。「近年、大学の絵画や歴史学、応用心理学などの専攻や、専科大学などの法律事務の専攻は就職状況が悪化しつつある」という記事を見つけたのだ。まさか、「皇帝の娘」も嫁入り先の心配をする時代になったのだろうか。

 

優秀な学生だけが「皇帝の娘」

 ネットで調べてみたところ、このような状況は目新しくないことが分かった。早くは、09年の「失業率の高い専攻トップ10」という記事で、法律専攻は第8位にランクインされている。しかも、その後も毎年、同じような状況が記事や報告書で発表されている。

 こうした記事と、筆者が実務で得た感覚との間に、ここまで大きな隔たりがあるのはなぜだろうか。筆者の知るところでは、毎年多くの高校生が法学部を受験している。また、法学部を設置している大学も多い。

 これは、大学側は少ない投資で済むし、成果も出るのが早く、大学としての格も高く見えるからだ。入学希望者もたくさん確保でき、他の専攻より高い学費を取ることもできる。特別な設備は不要で、各法律の専門教師と教室がいくつかあればよい。合格ラインも低くなく、一部の大学はかなり高い。つまり法律は難しく法学部に入ることも困難で、就職の役に立たないのに、依然多くの学生を引きつけているということだ。

 実際は、法学部の学生が多過ぎ、毎年卒業生の数が採用側のニーズを大きく上回って、就職難という結果を招いている、といったところだろう。ただし、名門大学の法学部で成績も優秀な卒業生はやはり引く手あまたで、提示される新卒給与も相当なものだ。つまり、法学部の学生全てが「皇帝の娘」なのではなく、一部の優秀な人材だけが「皇帝の娘」なのである。学歴も能力も普通という多くの学生は理想の仕事に就くことができない。その結果、法学部卒業生全体の就職率を引き下げてしまっているのだ。従って、良い就職先を見つけられるかどうかは、学生自身が「皇帝の娘」であるかどうかが重要なのである。

 

普通の法学部生どうする

 以前、ネット上で、「皇帝の娘」ではない学生から次のような質問を受けたことがある。「私は普通の大学の卒業生で、法学学士・法学修士の学位があり、独学で日本語能力試験N1(最上級レベル)にも合格しました。今後、上海に行って、日系企業の法務部スタッフや、日本関係の法務を取り扱うパラリーガル(法務補助)になりたいのですが、私でもなれるでしょうか。夢を追い掛けるべきか、それとも公務員になったり、古里で弁護士になるなど手堅く生きるべきかで迷っています」

 この質問に対し、筆者は次のように回答した。「あなたの経歴なら、上海の普通の日系企業の法務スタッフにはなれると思いますが、パラリーガルはやや難しいかもしれません。法務スタッフを目指す場合、上海には日系企業も多くありますから、選択の幅も広いですし、採用基準も弁護士ほど厳しくはないでしょう。しかし、パラリーガルを目指す場合、日本に関する業務を取り扱うのは、ほとんどが大手渉外事務所なので、合格までの競争は激しく、名門大学の出身や高い日本語能力、司法試験に合格していることを求められます。また近頃は、日本で法律を勉強した中国人留学生が帰国後、大手の海外法務事務所を目指す場合も多いので、より競争が激しくなっています」

 筆者はこれまで、中国政法大学や中国人民大学といった一流大学の法律専攻の学生向けに、講義や座談会を何回も行ってきた。その「皇帝の娘」である彼らからは、「先生が在籍されているような、トップクラスの法律事務所に入るにはどうすればよいでしょうか。どんな専門知識を学ぶべきでしょうか」という質問をされることが多い。ところが以前、北京のそれほど有名ではない大学の法学部で講義した際には、そのような質問が出ることはなかった。彼らは、北京に残って仕事ができるなどとははなから考えていないのだ。ましてや北京のトップレベルの法律事務所に就職できるなどとは夢にも思っていない。戸籍がある古里の都市に戻って、田舎の小中学校で社会科の先生をしたり、公証人をする卒業生が大部分なのだ。

 

法曹人の人知れぬ悩み

 

 ところで、弁護士など法曹人の苦労が端的に反映されるのはどこかご存知か。それは少ない頭髪だ。例えば弁護士に、この仕事に就いてどんな変化があったか、その苦しみや喜びは何かと尋ねると、答えはこうだ。最大の喜びは、法律の知識を活かして社会や経済発展に貢献し、人々の悩みを解決すること。

 

 しかし、苦しみの一つとして、意外にも頭髪の減少を挙げる者が少なくない。弁護士になる前にはふさふさだった頭髪が次第に薄くなり、数年のうちになくなってしまう……なんてことは珍しくない。弁護士は、訴訟準備のため、人々が寝静まる深夜でも一心不乱にパソコンに向かわなければならない。時間に追われ、口にするのは自然と栄養が偏った出前ばかり。このような精神的・肉体的ストレスに長時間さらされる環境では、生え際も後退しないわけがない。

 

 同様に、法律専攻の学生を大いに悩ませているのが脱毛である。司法試験の勉強では、新華字典よりも厚い資料を3冊も読まなければならない。合格への不安と焦燥感に駆られ、ついつい頭をかく。ひとかきするごとに髪の毛が犠牲となっていく!?

 

 その法律専攻の学生が覚えなければならない本の量は、他のどの専攻の学生よりも多い。一般的な大学の法学部のカリキュラムを見ると、必修科目だけでも、法理学から始まり憲法、民法、刑法、中国法制史、商法、知的財産権法、経済法、民事訴訟法、行政法および行政訴訟法、刑事訴訟法、国際法、国際私法、国際経済法まで14科目ある。選択科目に至っては、法律論理学や中国法律思想史、司法弁論、民法実務、環境法学、海商法、国家賠償法、犯罪心理学など100以上もの科目がある。

 

 大学卒業後には、裁判官や検察官、弁護士の法曹三者になるチャンスを得るが、そのためには、日本の司法試験に相当する法律職業試験に合格しなければならない。この試験に合格しないと、法曹業務に就けないため、法律専攻の学生は卒業試験だけでなく、司法試験の勉強もしなければならない。

 

 司法部(日本の法務省に相当)の統計によると、中国の司法試験の内容は、15教科全358万字の教材、290部余り全220万字の法規・司法解釈、全150万字の過去問、全700万字の基本文献などから出題される。日本と同様に中国でも司法試験は「中国の最難関試験」と見なされている。中国の司法試験は開始から16年が経ち、これまで延べ619万人余りが受験した。だが合格者は88万8000人ほどで、平均合格率は14・3%とかなり低い。

 

 制度改編により、従来の司法試験に代わり、昨年から国家法律職業資格試験が始まった。新制度の下では、従来の弁護士・裁判官・検察官・公証人に加え、行政処罰決定の審査に携わる者や行政不服申し立てに携わる者、行政裁決に携わる者、さらに法律顧問や仲裁人も、試験合格が就業の必須条件となった。逆に言えば、試験に合格できなければ、たとえ「皇帝の娘」であろうと進路選択の幅は、以前よりさらに狭まったということでもある。

 

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