「偽物クレーマー」尽きない論争

2019-10-15 09:55:04

鮑栄振=文

「偽物買い」巡る中日の違い

 「日本でブランド品を偽物と知りながら購入するのは違法か」。もし日本の弁護士にこう尋ねると、「商標権侵害行為に加担する行為だとして罪に問われる可能性がある」という答えが返ってくるだろう。侵害の罪に問われた場合は、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金に処される恐れがある。

 一方、コピー商品(1)がはびこる中国では、また特有の問題が起きている。すなわち、偽物と知りながら商品を購入した者は、果たして「消費者」として法的に保護するべきか? またその場合、損害賠償を請求できるのか? こうした論争が二十数年前から全国的に巻き起こり、議論は今なお平行線のままだ。

 

偽物ハンティングの是非論争

 中国では、消費者が違法なコピー商品や粗悪品(2)と知りながら商品を購入した後で、店側やメーカーに対し「消費者権益保護法」に違反するとしてイチャモンをつけ、損害賠償を請求する行為を、「知假買假」(假は偽物の意味)と呼ぶ。日本語で言えば、さしずめ「クレーマー」や「偽物ハンティング(3)」といったところだろうか。

 この偽物ハンティングの第一人者と言えるのが王海氏だ。青島の企業に勤務していた王海氏は1995年、出張先の北京で入った本屋で、1冊の本を偶然手にした。そこには「商品またはサービスの提供において詐欺的行為があったときは、経営者は消費者に、商品価格の倍額の損害賠償金を支払わなければならない」という「消費者権益保護法」第49条の内容が紹介されていた。

 これに触発された王海氏は早速、北京や天津などの有名デパートでコピー商品を買いあさってはデパート側にクレームをつけ、商品価格の倍額の損害賠償を請求する訴訟を提起。そして多額の賠償金を巻き上げていった。

 この出来事をきっかけに、王海氏はプロの「偽物ハンター」(職業として偽物撲滅に従事する者)となった。王海氏の行動は「王海現象」と呼ばれ、一つの社会現象となり、全国各地で偽物ハンターが雨後のたけのこのように出現した。10年後の2005年には、上海だけでも偽物ハンターによる損害賠償請求訴訟が年間100件以上にも上ったという。

 一方で、こうした偽物ハンターによる損害賠償請求の是非を巡り、中国では全国で賛否両論(4)が巻き起こった。「賠償金目当てに商品を購入した者は、『消費者権益保護法』が定める『消費者』には該当しない」という批判的な意見から、「企業による偽物商法を抑制できる。勇気ある行為だ」と王海氏を称える意見まで、さまざまだった。この論争のおかげで一躍有名人となった王海氏は、1998年に当時のクリントン米大統領が訪中した際に対談相手の一人に選ばれたほどだった。

 この「王海現象」を巡っては、中国の法曹界でも意見の対立がある。著名な民法学者の楊立新氏は、「いかなる者も、偽物と知っていたか否かにかかわらず、その購入した製品が偽物と確認されれば、『消費者権益保護法』が適用されるべきである」と主張する。

 これに対して、同じく著名な民法学者の梁慧星氏は、「偽物と知りながら購入した者を『消費者』としたのでは、『消費者とは、生活上の消費の必要のために商品を購入する者である』と定めた『消費者権益保護法』第2条の趣旨に反する」と強調している。同様に裁判所の見解も一致せず、王海氏が勝ったケースもあれば敗れた例もある。

 

「偽物」賠償請求の今

 2014年に「消費者権益保護法」が改正され、損害賠償の最高額が商品価格の10倍に引き上げられた。以後、偽物ハンターはさらに増え続けている。例えば北京市朝陽区法院(日本の簡易裁判所に相当)で15年に審理された消費者契約に関する事件数は、前年比の約11倍だった。類似する訴訟件数が増加する背景には、こうした偽物ハンターたちの増加がある。

 また、1312月に公布された「食品・医薬品紛争事件における法適用に係る若干の問題に関する最高人民法院の規定」第3条は、「(前略)購入者が食品、医薬品に品質問題があることを知りながらなお購入したことを理由として、生産者、販売者が抗弁(反論)を行うとき、人民法院はこれを支持しない」と定めている。改正後の「消費者権益保護法」と上記の法解釈の保護により、偽物ハンターによる損害賠償請求は、自動車や家電から化粧品、映像・音楽など多くの商品分野に広がってきている。偽物ハンティングは、単に自身の権利を守るためのものから、大衆参加型の社会的運動へと変化しつつある。

 偽物ハンティングが広がることは、悪徳業者による違法コピー商品や粗悪品の製造・販売の抑止、消費者権益の保護、市場の健全化といった面で積極的な意味を持つ。しかし一方で、賠償金目当てに偽物を自ら店に持ち込み、本物とすり替えて購入した後で店側を訴え、ひともうけをたくらむ――といった犯罪行為を行う「偽者」の偽物ハンターも現れ始めた。おかげで、偽物撲滅のため真面目に取り組んでいる偽物ハンターの立場が悪くなってきている。

 これまで、偽物ハンティングを巡る論争や法律の規定は、いずれも民事的な見地からだった。だが近年、上記のような賠償金目当ての悪徳偽物ハンターが出現。一部の地方では恐喝の疑いで逮捕者が出るなど、問題は刑事分野にまで広がっている。このため、偽物ハンティングが犯罪となるか否かを巡り、新たな論争が起こっている。

 その刑事事件に発展したのが以下の事例だ。海口市のあるスーパーマーケットで17年9月、一人の男性客が買った賞味期限(5)切れの2・4元のクッキーを巡り、食品薬品監督管理局からそのスーパーマーケット業務是正命令が下されるという事案があった。その後、この男性客はこの件でクレームを繰り返し、4000元の賠償金を手に入れた。

 ところがその後、報道機関の調べで、同市内のスーパーマーケット52店舗が同じような事件に遭っており、いずれも同じ男性客から4000~7000元の賠償を要求されていたことが分かった。賠償金目当てに偽物ハンティングを繰り返していたこの男性客は昨年3月5日、恐喝の疑いで海口市の警察に逮捕された。この事件は同市などで発行される新聞「南国都市報」で報道され、大きな話題となった。

 

本当の偽物が消費者を守る?

 よりによって逮捕が3月15日の世界消費者権利デーの間近だっただけに、この事件は全国で広く報道された。このため、偽物ハンティング問題が再び一般市民に注目され、あちこちから議論が巻き起こった。果たして偽物ハンターによる損害賠償請求は、偽物撲滅のための「善い行い」か、それとも賠償金目当ての恐喝なのか。

 目下の急務は、法律上の線引きを明確にし、具体的な対応策を打ち出すことだ。例えば、賠償金目的の偽物ハンティングをどのように認定するか。適法な偽物ハンティングとの違いは何か。賠償金目的の偽物ハンティングに対し、店側やメーカーはどのように対処すべきか。消費者協会はどう対応すべきか。司法機関はどのように責任を追及すべきか。適法なクレームを守り、賠償金目的の偽物ハンティングを取り締まるにはどうすべきか――明確化すべき問題は山積みだ。

 こうした疑問に対し、ある専門家は次のように指摘する。  偽物ハンターによる損害賠償請求の行為が恐喝となるかどうかは、まず、その購入した商品が正真正銘の偽物であるかどうかを判断することが重要だ。もし商品が本当に偽物で、購入者が自身の権利を守るために法定の範囲内で損害賠償を請求しており、また賠償が得られない場合に、裁判所に訴訟を提起したりメディアに公表する旨を店側やメーカーに伝えているのであれば、これは適法な偽物ハンティングと言えるだろう。  具体的な例として、改正後の「消費者権益保護法」における「退一賠三」(商品代金の全額返金とその3倍額の賠償金支払い)や、「食品安全法」における「退一賠十」(商品代金の全額返金とその10倍額の賠償金支払い)に基づき、相応の賠償を求めることは、正常で適法な権利保護行為だ。皮肉な話だが、クレームをつける場合、「本当の偽物」が消費者の権利を守ってくれるのだ。

 

1    コピー商品

2)残次品    粗悪品

3)打假    偽物ハンティング

4)褒不一 賛否両論

5)保   賞味期限
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