経営者の器

2018-03-30 15:47:57
郭超=文 砂威=イラスト

 私はサラリーマンで、余暇に文筆をもてあそび、時に自分の文章が活字になれば、生きがいを感じる。唯一の悩みは、翌朝起きれず、仕事に影響することだ。

 この日、早朝に階下へ降りると、牛乳配達人に会った。痩せた元気な青年で、生気に満ちあふれ、見るだけで元気になった。私は思わず、「君は毎日こんなに時間に正確なの?」と聞いた。彼は、「もちろん。遅くなるのはダメです」と答えた。私は彼をじっと見て言った。「じゃあ、こうできる? ヨーグルトの配達を頼みたいんだ。ただし条件があって、毎朝必ず7時に届けに来て、私が出るまで呼び鈴を押し続けること」。彼はちょっと考えて、「いいですよ」と言った。私が「できるの?」と言うと、彼は「できます」と言った。私は少し語気を強め、「絶対?」と聞いた。彼が厳粛な表情で、「保証します!」と言ったので、私はすぐにお金を払い、2カ月分のヨーグルトを予約した

 この青年は素晴らしかった。彼の「目覚まし」ができてから、私は遅刻することがなくなった。どんなに夜更かしをしても、心配しなくていい。

 たちまち半月が過ぎた。変化が起き、私は当番制の出勤となり、毎日早く起きなくてもよくなったのだ。その日、私は夜更けまでマージャンにふけり、かなりすってしまい、早朝ぐっすり寝ているところを呼び鈴で起こされた。私は眠くて仕方なく、返事をする気力すらなかった。しかしどうしたことか、呼び鈴は止まらず、うるさくてたまらない。私はブツブツ言いながら起き出して、怒りを込めて玄関を開け、「こんな朝早くからやかましいのは、どこの間抜けものだ!」と怒鳴った。「おや、家に居たのですか」と牛乳配達人が申し訳なさそうに言った。私はたちまち思い出し、目をこすりながら「ごめん、わざとじゃないんだ。……そうだ、こうしよう。私は今、日中勤務ではないから、これからは毎日呼び鈴を押さなくていいよ。言い忘れていて、ごめん」と言った。

 青年は笑いながら、「朝に出勤する時には、声をかけてください」と言った。私はすでに申し訳なさでいっぱいになっていたので、うなずきながら、「そうするよ」と言った。彼は、「そうだ、ヨーグルトはお気に召しましたか」と聞いた。私は、「まあ、おいしいよ」と言った。「それならよかったです。お休みのところお邪魔してすいません」と、青年は礼儀正しく言った。

 私は彼が下に降り、角を曲がって姿を消すまで見送った。玄関を閉めたとたん、呼び鈴がまた鳴った。玄関を開けると、あの青年が戻って来ていて、「玄関に張り紙をしておいてもいいですよ、もしあなたがお望みなら」と言った。私は彼の言わんとすることを理解し、「分かったよ」と言った。

 青年の言動は、私にとても良い印象を残したので、人に会うたびに、彼の宣伝をせずにはいられなかった。間もなく、同じマンションの住人の七、八割が彼の顧客となった。

 半年後、牛乳配達人が代わった。私は合点がいかず、「前の青年はどうしたの」と聞いた。その答えは、「彼は自分の店を開いた」ということだった。

 私は少しがっかりしたものの、また満足も感じ、「あのような人が店主にならずして、誰がなるんだ」と思ったのだった。

  

翻訳にあたって

 原文中の「豆腐块」は、「豆腐の塊」という意味で、雑誌や新聞に掲載されたちょっとした文章のことを意味し、自分の書いた文章を、「ほんの小さな文章に過ぎない」と謙遜して言う言葉。  この文章の舞台となっているのは旧式の集合住宅だと思われる。中国の旧式の集合住宅は五、六階建てで、一棟に三、四カ所の入口があり、入口にはそれぞれ一単元、二単元などと番号が振られている。各階の階段両脇に家の玄関があるため、どの家のそばにも階段があることになり、ここを牛乳配達の若者が上下しているというわけだ。こうした舞台が想像できれば、場面をより鮮明に思い浮かべることができるだろう。(福井ゆり子)

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