電話をかける先

2019-06-19 16:55:07

江峰=

砂威=イラスト

 

 私が入院した時からずっと、向かいのベッドの夫婦は小声で言い争っていた。女性は家に帰りたがっていて、男性は引き留めようとしていた。

 看護士によると、この女性は膠芽腫を患っており、それは脳腫瘍の一種で、がんになる確率がとても高いという。

 彼らのひっきりなしの言い争いから、ある農村家庭の姿が次第に私の目の前にくっきりと浮かび上がってきた。女性は46歳で2人の子どもがおり、娘は昨年大学に上がったばかりで、息子は高校1年生である。12ムー(1ムーは約0・067㌶)の土地を持ち、6頭のブタと1頭のウシを飼っていて、それが彼らの全財産だ。

 病院の廊下には、カード式の公衆電話が置いてあり、病室から出て3、4㍍のところにあって、夕方になるとほとんど毎日、男性は廊下に出て家に電話をかけていた。

 男性の声はとても大きく、彼は毎回きちんと病室のドアを閉めていたものの、病室の中からはっきりと聞き取ることができた。

 毎日、男性はこまごまと息子に家の様子を聞いていた。ウシとブタはきちんと腹いっぱい食べているか、戸締まりはきちんとしたか、あまり遅くまで勉強すると翌日の授業に差し障りが出るなどと息子に言い聞かせていた。

 女性が入院してきてから4日目に、病院は開頭手術を行った。麻酔をかける前、女性は突然男性の腕を取って、「あなた、私がもし手術台から生きて帰れなかったら、家の後ろの林に埋めるだけでいいからね。葬式とかに、無駄にお金を使わないで。こればかりは絶対に私の言う通りにしてね」と震える声で言い、涙をさめざめと流した。

 「分かった、心配するな」と男性は言った。

 看護士は女性を押して行き、男性は座って、また立ち上がり、また座り、その片手はずっとベッドのシーツの隅をいじくっていた。

 20分後、女性が戻って来た。目は軽く閉じられ、眠っているようだった。夜中に私は起きてトイレに行った。男性が妻の枕元に座り、彫像のようにじっと動かずに女性の顔を見つめているのを見た。

 翌日の午前中、女性が目を覚ました。話はできなかったが、ほほ笑みを浮かべて男性を見た。酸素マスクが取り外されたその日、また家に戻ると駄々をこね始めた。男性は仕方なく、子どもをあやすように、女性にいろいろなことを面白おかしく話して、やり過ごしていた。

 すべてが元のように戻った。毎日夕方になると、男性は廊下のカード式公衆電話の傍らに立ち、ひっきりなしに息子に、やはりあの大声で、いろいろ言い含め始めた。

 ある日の夜、私が給湯室から出て来ると、男性がちょうど電話の傍らでくどくど言いつけていた。「ウシは1日2回でいい。冬は働くわけではないから、少し飢えても大丈夫だ。でも、ブタにはきちんとやらんとダメだ。しっかり太らせておけば、年末にはいい金で売れるからな」

 男性が独り言のように言っているのを見て、傍らにいた私はびっくりして目を見張った。そのとき私は電話機に電話カードが挿し込まれていないのを見つけてしまったのだ。

 受話器を置くと、男性は無意識に頭を上げ、私のびっくりした顔を見た。「しーっ」男性は人差し指を口にあて、私に何も言わないように示した。

 「ウシとブタは手術費を捻出するためにとっくに人に頼んで売り払ってるんだ」。男性は声を低めて答え、病室の入り口を指さした。

 私は突然理解した。この男性は家にいる息子に電話をしていたのではなく、病室の妻に電話を「聞かせて」いたのだ。

 そのとき、私はもはや落ち着いていられなくなった。俗世間にはいまだこのように感動的な真心があるものなのか。彼らの愛は、細かな歳月の縫い目で縫製された、体にぴったり合った服のようになっていたのだ。

 

翻訳にあたって

 中国では社会保険制度が整っていなかった時代、病気になってもお金がなければ治療することができなかった。今でも重病治療の経済的負担は軽くなく、重病の貧しい子どもを救おうという募金活動をしばしば見掛ける。また、入院しても、日本のように看護士さんが何から何までこまごまと面倒を見てくれるということもないため、家族が泊まり込みで介護する必要があり、家族はかなり大変である。

 中国語で「電話をかける」は「」という動詞を使う。この「」はとても便利な言葉で、さまざまな場面で使うことができる。「」はずっとひっきりなしにしゃべり続けている様子を示し、愚痴や説教などのように、長時間にわたって続くような時に使われる。(福井ゆり子)

 

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