「人類運命共同体」は「改革開放」の世界版

2020-02-21 12:24:11

横浜国立大学名誉教授 村田忠禧(談)

 

411日、『習近平 国政運営を語る』の第2巻の多言語版が、世界に先駆けてロンドンで発表された。ヨーク公爵アンドリュー王子(左から4番目)、中国共産党中央委員会宣伝部副部長で国務院新聞弁公室の蒋建国主任(右から3番目)らが出版記念会に出席した。本書には「人類運命共同体」に関する講話も含まれている(新華社)

 

  2018年は中国共産党第19回全国代表大会(党大会、19大)後の新たな1年だ。今年3月の「両会(全国人民代表大会と中国人民政治協商会議)」では、19大で出された主な戦略的展開を実施するための制度や政策など、多方面にわたって具体的な施策が出された。中でも最も重要な成果は憲法の改正であり、習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想という文言が加えられたことだろう。日本人の「憲法」観からすると信じられない話だが、「中国は共産党の独裁だから」などと単純に決め付けず、まずは習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想の内容を知ることが大切である。

 

中国は「強起来」の時代へ

 昨年、習近平総書記は19大の報告で、新時代の中国の特色ある社会主義思想を、3万字にわたる豊富な内容で詳細に説明した。この「新たな思想」を語る前に、今までの思想との違いを比較してみよう。

 1949年に成立してからの新中国には、「毛沢東思想」「鄧小平理論」、そして習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想と大きな思想が三つ存在するが、習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想は「毛沢東思想」や「鄧小平理論」を継承しつつ、さらに発展させたものであると思う。

 「毛沢東思想」は、帝国主義の侵略を打ち負かし、国民党支配との戦いに勝利し、民族解放を成し遂げた時代を反映した「站起来(立ち上がれ)」の精神を基礎としている。その後の中国は7110月の国連復帰、さらに72年9月の日中国交正常化、791月の米国との外交関係樹立により、ようやく国際社会の構成員として認められた。そんな時代背景で毛沢東が考えていた社会主義建設は、階級闘争を要としていたため、具体的な建設の「道」を見い出すことができなかった。

 鄧小平は「文化大革命」の過ちをよく理解しており、国家権力を掌握した後の共産党の責務は経済建設が第一で、階級闘争ではないと指摘した。そこで「今の時代は戦争の危険性がないとはいえないが、大戦を避けることはできる。だからこの機会を利用して経済建設を行うことが大切」という考えの下、科学技術を第一の生産力とする改革開放路線を推し進め、条件のある地域や人は先に豊かになってよいという「先富論」を提唱し、平等に貧しかった中国に活気をもたらした。これが「站起来」に次ぐ「富起来(豊かになれ)」の発想である。貧困から脱却して小康社会(ややゆとりのある社会)を築き上げようという考えの下、外資を導入し、資本主義社会の優れた部分を学ぶよう説き、地の利がある沿海部をまず豊かにし、その成果を内陸部にまで波及させることで中国は元気を取り戻した。この改革開放の成功により、中国のGDPは2010年に日本を抜き、世界第2位になるほどの経済成長を遂げた。

 この段階での中国の社会主義は、人々の暮らしを豊かにさせるための手段といえるが、1人当たりのGDPが1万近くと、中等クラスの国家までに成長した今では、豊かさの内容が課題となってくる。時代の発展と共に、人々の意識も変化し、多様になっていく。豊かになったことで余裕が生まれるが、高度成長する過程でさまざまな矛盾が顕在化し、不便や不満を感じることも増えてくる。今や経済的豊かさだけに注目しているわけではなく、深刻化した環境破壊、格差拡大は無視できない段階に至っている。このような新しい時代の課題を解決することを重視した思想として、習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想が出てきたといえるのではないか。

 毛沢東の「站起来」、鄧小平の「富起来」に継いで、19大で提唱された「強起来(強くなる)」が、「新時代」を迎える中国の出発点だといえるだろう。「強起来」という言葉の雰囲気から、日本では軍事的強国を目指すとみられがちだが、「強」は文化や教育などのさまざまな分野で用いられており、「強」は世界のトップレベルを目指すことと理解するのが妥当ではなかろうか。

 

初心を忘れず人民に奉仕すべし

 暮らしが良くなり人々の要求は多様化していく。中国の執政党として習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想は、党を厳格に治め、党が率先して法を順守することを強調している。その点で「毛沢東思想」の「為人民服務(人民に奉仕する)」は、今も変わらぬ価値を持っている。毛沢東の時代の共産党員は人民に奉仕する典型像であったが、比較的豊かな生活環境が確保され、共産党員であることが出世のコースとなった今日、党員が大衆から乖離する危険性が非常に高まっている。党を弱体化させ、国を混乱させる源は権力の腐敗にある。

 そこで習近平が総書記に就任して最初に行った大きな仕事は、腐敗の撲滅だった。それは虎(要職に就く腐敗党員)からハエ(末端の腐敗党員)に至るまで徹底的に行われ、民衆は共産党の本気度を実感したであろう。どんな地位にあろうと、共産党員が不正を働いたら徹底的に叩き、即刻捕まえて腐敗を正す姿勢は、民衆から大いに支持されている。

 習近平総書記が昨年の党大会報告の冒頭で述べた「初心を忘れてはいけない」とは共産党員としての本来の姿を常に胸に刻む必要があるということだろう。「人民を中心とする」精神を忘れず、各人の持ち場で具体的な行動において党員が厳格に守っていく思想教育を、今後きちんと行っていく必要がある。

 同時に、腐敗を発生させないようなシステム作りや教育を徹底的に行わなければならないし、中途半端は駄目である。だから今年3月に行われた「両会」で、憲法に「社会主義法治」を新たに書き入れるなどのさまざまな措置を取り入れ、法治国家として法を尊重し、いかなる共産党員も憲法に服従しなければならない、という姿勢を明確にしたことは大切である。法治国家の建設とその充実をしっかりと実行していけば、より良い未来が期待できるのではなかろうか。

 

「改革開放」の世界版として

 今年は改革開放政策開始から40年を迎える。習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想が「鄧小平理論」の継承という点で特に重要なのは、中国の発展を国内だけではなく、世界発展の中に位置付けることを明確にしたことだ。経済は今やグローバル化しており、世界が中国に進出しているだけでなく、中国も海外に進出している。

 この数年間、習近平総書記が再三唱えている「人類運命共同体」の理念は、1980年代の改革開放政策の世界版であると言ってもいいのではなかろうか。「先富論」は、先に豊かになったものが後続をけん引し、最終的には誰もが豊かになることを目指すが、この発想はインフラ整備に強く反映された。

 改革開放で道路、港、空港を真っ先に整備し、その後鉄道、中でも貨物輸送経路の整備に重点が置かれた。今日、全国を駆け巡る高速鉄道は、80年代のインフラ整備のたまものである。

 そして中国は2013年に「一帯一路(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)」構想の提起により「人類運命共同体」の理念を具体化したが、この発想には「先富論」が色濃く影響している。先に豊かになった中国は「一帯一路」で世界規模のインフラ整備を行うことにより、周辺地区との共存と繁栄の実現を推し進めているのだ。

 こうした見地から「一帯一路」を見ると、世間でよくいわれる「中国資本が世界を制覇する手段」では決してないことが見えてくる。「一帯一路」の狙いは、昨年の19大で出された「共贏(ウインウイン)」、つまり相手国が豊かになる条件を整備することを通して、中国経済をさらに発展させるという考えによるものだと思う。今や「一帯一路」やアジアインフラ投資銀行(AIIB)は西側諸国や先進国からも非常に支持されており、今後の中国は現状の東南アジア、中央アジア中心の関係から、アフリカ、中南米などの発展途上国との関係にまで発展させていくと思われる。

 「一帯一路」について今年3月、日本のある全国紙は一面トップに「中国が海洋進出で世界中の港の運営権を勝ち取ることで、将来軍事的に利用される恐れがある」とあたかも危険な動きであるかのような記事があったが、いささか的外れと言わざるを得ない。1980年代、日本は中国で大規模な投資とインフラ整備を行ったが、世界中でこれを危険視する声は上らなかったし、外貨を導入してインフラ整備をしたことが、中国の発展に役立ったことは、今の中国を見ればよく分かるはずだ。

 発展途上国の港湾整備に中国が投資してインフラ整備に力を貸すことは、何ら不思議な行為ではない。例えば中国がインド洋の港湾開発に投資し、長年かけて資金を回収するのは、日本がODAで行ったプロジェクトに利子付きで返済してもらうのと同じことだ。中国が整備した港湾には中国の船しか利用できないというのなら問題だが、世界に開かれた港湾開発を積極的に行うのは何ら悪いことではない。日本も過去の経験をよく総括した上で協力していけばよいだろう。

 世界版の「改革開放」とも言える「人類運命共同体」の理念と「一帯一路」構想は、世界のさらなるグローバル化にとって非常に重要な役割を持つ。そしてその理念は、世界の発展におけるボトルネックの突破口になり得るのではないか。(聞き手構成=呉文欽)

  

1946年生まれ。東京大学文学部卒、同大学院人文科学研究科博士課程単位修得のうえ退学、文学修士。東京大学教養学部助手、横浜国立大学助教授、同教授。定年退職後、横浜国立大学名誉教授。専門は中国現代史、現代中国論、日中関係論。(写真于文/人民中国)

 

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