中国は進むべき「王道」を歩めば良い

2020-02-21 12:23:56

キヤノングローバル研究所研究主幹 瀬口清之(談)

 

 

今年3月に始まった中米貿易摩擦における両国の応酬は熾烈さを増しており、国際社会の注目と憂慮を招いています。日中関係、日中韓関係を語る前に、まずは中米貿易摩擦についてお話したいと思います。

貿易赤字は米国から始まった

米国が口火を切った中米貿易摩擦。その要因には以下の2点が考えられます。一つ目は中間選挙です。トランプ大統領は単純に今年11月に行われる中間選挙に勝つための手段として、使えるものは全て使うと考えているのでしょう。二つ目は貿易赤字の削減です。トランプ大統領は自身が一貫して重視してきた唯一の経済政策として貿易赤字の削減を訴えていますが、その方法は二国間交渉です。中国は米国最大の貿易相手国ということで、ターゲットの中心が中国になったのです。

これら米国の挑発に対し、中国は厳しい報復をしているように見えますが、私は米国に配慮しながら気を付けてやっていると見ています。例えば232条(米通称拡大法232条)において米国が行った500億相当の輸入措置に対し、中国が報復で行ったのは30に過ぎず、明らかに控えめにやっている印象を受けます。また、フェノールのアンチダンピング調査にしても、調査期限を来年の3月として、すぐに貿易戦争が起きないよう注意しているように感じられます。この対応から、中国は冷静かつ慎重に策を講じているのが分かりますし、これは非常に正しい対応であると私は思っています。

中米貿易摩擦が1980年代の日米貿易摩擦を想起させると言う人もいますが、両者の性質は全く違います。日米貿易摩擦では日本から米国向けの輸出が増加し、米国が貿易赤字になりましたが、その原因を作ったのは日本企業でした。これに対して今回は、中国の対米輸出の増大により米国が赤字になっています。ただし、その要因は中国企業よりむしろ外国企業によるものが大きく、中国の対米輸出の約6割を外国企業が占めており、その中心が米国企業であるといわれています。つまり米国が関税を引き上げた場合、最もダメージを受けて損失を被るのは、中国企業ではなく米国企業なのです。よって中国が事態を放置しても、米国は自らの企業を痛めつけることに気付き、自然と貿易制裁をやめざるを得なくなると推測します。また、一連の対中政策発表の際、301条の背景である知財侵害の指摘に関しては賛同が得られたものの、関税を引き上げて輸入を制限することに関しては、米国の産業界が強く反対しています。それは米国製造業のコストが上がって競争力が低下し、結局米国企業が困ることになるのが明らかだからです。よって中国政府はこの制裁に関しても黙って見ていればいいということになります。

日米貿易摩擦当時の米国は、日本をたたいてもさほどダメージを受けずに済みましたが、今回は米国が大きなダメージを受けるので、簡単に中国を攻撃することなど本来できないはずです。トランプ政権は遠からずこの政策の失敗に気付くことになるでしょう。

低下した米国製造業の競争力

就任当初、トランプ大統領は「アメリカファースト」を旗印に、「米国を再び偉大にする」と示したものの、実際は誤った道を歩いているようにも見えます。

最近になって米国の競争力低下が盛んに言われていますが、これは最近に始まったことではありません。80年代以降、米国では製造業の発展を促す産業政策よりも、お金がもうかる金融やITにウエートを置くようになりました。しかし、一つの国の経済を安定させるためには、多くの雇用を生み、盤石な産業基盤となる製造業がとても重要なのです。それを軽視し、米国の「力」を利用して簡単にもうかるITや金融で世界の標準を押さえることで、米国製品を誰もが使わざるを得ない状況をつくりだしました。

ここに人的資源や資本力を集中投入すれば、表面上は確かに米国経済が発展したように見えます。しかし産業の安定のためには、さまざまな産業がバランスよく育つことが必要です。バランスの良くない政策は、結果として国民経済全体の競争力を低下させてしまいます。これが現状で言われる「米国の競争力低下」の大きな原因になっていると思います。米国は製造業の技術競争力が弱く内需拡大を行った結果、輸入が増えて貿易赤字になっているのです。つまり、貿易摩擦、貿易不均衡を起こしている原因は米国自身です。

ノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学のジョセフスティグリッツ教授は、412日にチャイナインスティテュートインアメリカで行われた「新世界の秩序における中米商業」フォーラムにおいて、米国は一夜にして中国との貿易格差問題を解決することは不可能であり、トランプ政権が一国間貿易保護措置の採用で二国間貿易による赤字を解消しようとする行為は「原始的」に過ぎると語った(新華社) 

この不均衡を米国自身が正さない限り、貿易赤字は収まりません。バイラテラル(二カ国間関係)で貿易収支を均衡させるのが誤りというのは、経済学の世界では常識です。ですから、中国、日本、メキシコ、カナダなどに対して行っている二国間交渉に対し、米国の有識者たちはそろって反対しています。今後米国自身がその間違いに気が付き、自国の競争力を高めていく正しい政策に転換しない限り、世界中にマイナスのインパクトを増大させる危険があります。

ボアオの習主席演説は発展の「王道」

私は今年の初めに、中国経済は過去40年来最も安定していると言いました。中国はバブル形成から崩壊までのシナリオをはじめとする、日本の過去の経験をよく研究しています。ですからシャドーバンキングの抑制や、金融機関の貸出により地方に大きな債務が生じないよう気を配ることで金融リスクを防止するなどの対策を講じ、バブル発生を懸命に防ごうとしています。今後も常にリスクを認識しつつ、適切なスピードで金融自由化推進努力を続け、為替や金融市場を注意深く運営すれば、日本のようなバブルの形成と崩壊による大きな経済的ダメージが起こらないで済むと私も思います。

4月10日、習近平主席が行った博鰲(ボアオ)アジアフォーラムの基調講演は、これら施策に対して非常に良い方向を示していたと思います。外資導入の促進、中国の経済政策と中国市場の透明性の強化、中国の知的財産権の保護の強化、輸入拡大のための関税引き下げと、どれをとっても素晴らしい政策ばかりです。これを早期、着実かつ内容のある形で、基調講演の通りになったと誰もが思えるように実現できれば、素晴らしい効果が表れると思います。習主席の基調演説について、欧米の多くの有識者は「WTO加盟時も、2013年の三中全会でも、中国政府は立派なことを言ったが、結局改革を実現できていない。今回も言うだけでどうせ実現できない」と見ています。それだけに、ボアオアジアフォーラムの演説の結果が伴えば、世界は確実に中国を高く評価します。米国との貿易摩擦に絡んで、中国政府は内外からさまざまな圧力を受けることになると思いますが、改革の推進は中国経済の長期安定的発展に不可欠です。中国は周囲の批判を気にせず進むべき王道を進んでほしいと思います。

世界が保護貿易化の兆候にある中で、中国はボアオアジアフォーラムで習主席が提示したような良い政策を積極的に行っていくべきであると思います。今後の世界経済は、中国がリードしていけば引き続き安定した状況をエンジョイすることができるでしょう。中国の責任は今後ますます大きくなっていきますが、その期待に応えれば中国に対する評価はさらに上がります。

日中関係の新たな時代を期待

米国と朝鮮民主主義人民共和国による国際情勢の不安定化は、今後もしばらく続く可能性が高いでしょう。また、欧州諸国やロシアの努力だけで世界秩序の安定を十分確保できる状況にはありません。そうした状況下、5月の日中韓サミットの実現により、3国がグローバル社会のステークホルダーとしての責務を認識し、世界秩序安定化のために共に協力するための土台形成が確認されました。今後は3国がさらに関係を強化し、朝鮮半島の安定化、自由貿易体制の保持拡充のみならず、これまで米国や欧州諸国が担ってきた国際社会におけるさまざまな分野でのリーダーシップを共に担うため、より積極的な役割を果たすよう協力していくことに期待しています。

日中経済関係については、17年以来、日本企業の業績好調を背景に対中投資姿勢が積極化し始めています。加えて先般ボアオアジアフォーラムの開幕式で習主席が発表した、改革開放政策加速のための四つの重要施策が早期に実現されれば、日本企業の投資姿勢はさらに積極化することが期待できます。

日本企業は日中関係をやはり心配しています。5月9日、李克強総理が訪日し、両国関係が正常な軌道に戻ったと明言しました。李総理はさらに安倍晋三首相の年内訪中を要請し、安倍首相もそれに応えた上、習主席の訪日まで約束できたことは、私にとっては今回の李総理訪日の成果で最も印象に残ったことでした。両国首脳が今後の両国の首脳往来継続を約束することで両国関係の正常軌道への回帰を裏付けたことは、両国関係の改善を最も明確に示しています。日中関係の改善安定持続は両国間の経済交流を強力に下支えする重要な土台です。今年は日中平和友好条約締結40周年の節目の年でもあり、各種の行事が日中関係の改善を一段と加速することが期待できます。

このように外交、経済が相まって、1990年代後半以来、長期的に良好な関係を持続することができていなかった日中両国が、今年の関係好転をきっかけに今後長期的に関係改善を推進し続け、両国民が両国のウインウイン関係を明確に認識し、相互信頼を強める新たな時代が到来することを期待しています。

          (聞き手構成=呉文欽)

 

 

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