中国語人材で商機をつかむ

2020-02-21 12:22:37

 

昨年4月、東京都港区にある伊藤忠商事(以下、伊藤忠)本社では、岡藤正広代表取締役会長CEO700人余りの社員と中日両国の来賓を前に、「日本中を見渡しても、1000人の社員が中国語を話せる会社は例を見ない。非常に誇らしく思う」と語った。

中日国交正常化半年前の19723月、友好商社として国務院の認定を受け、中日貿易を復活させた初の大型総合商社である伊藤忠と中国との縁は深く長い。中日関係が困難な時期にあった数年前にも初心を曲げず、1000人の中国語を話せる人材育成計画を打ち出した。

昨年4月、多数の参加者が訪れた「伊藤忠中国千名大会」の会場は熱気にあふれた。程永華駐日中国大使も出席し、中国語人材が1000人を突破したことを祝った(写真陳克/人民中国)

 

 中国語人材育成計画の秘話

「語学学習は『中国理解』の一部にすぎません。若手社員には語学の勉強だけでなく、スマートフォン一つで全てが解決する超高度デジタル化社会など、中国の現状を正確に理解してもらいたいのです。将来世界のどこに赴任しても、それが必ず財産になるはずです」。伊藤忠常務執行役員で、東アジア総代表兼伊藤忠(中国)集団有限公司董事長の上田明裕さんは、「中国語人材1000人育成プロジェクト」の意義を語った。総合職社員の3割に当たる1000人に中国語をマスターさせるべく、2015年から始まった同プロジェクトは、わずか3年で目標を達成した。伊藤忠はなぜこれほど対中業務を重視し、中国語人材を重用するのか。その理由は独自の対中投資にある。 15年1月、伊藤忠はタイのCP(チャロンポカパン)グループとともに、中国中信集団(CITIC)に対し6000億円の出資を決定し、三社協力の順調な遂行とコミュニケーションの効率アップのため、「中国語人材1000人育成プロジェクト」を提案した。30歳前後の若手社員を対象に、「語学+実務」の海外特定地域派遣と海外語学研修(JOTM語学研修)などの在外研修制度を実施し、毎年50人近い人材を北京、上海、天津、大連、杭州などの大学や語学学校に送り、最低半年間中国語を学ばせた。この制度を3年間実施した結果、中国語と中国の事情に精通し、業務にも長けた人材を育成することに成功した。

 

2015年、伊藤忠商事と中国中信集団(CITIC)、タイのCP(チャロンポカパン)グループとの三社資本業務提携調印式。前列左からはCPグループの謝国民会長、CITICの常振明董事長、伊藤忠商事岡藤正広社長(当時、現在は代表取締役会長CEO

鉄鉱石製鉄資源部の髙木雄一郎さんは、15年から17年の2年間、北京で「語学+実務」を体験した。語学学校で毎日最低8時間の猛勉強を重ね、1年足らずで中国政府公認の中国語検定試験であるHSKの最上級テスト6級に合格。北京現地法人での「実務」では中国語を生かし、新たな顧客開拓に成功した。東京に戻った髙木さんは、「今は仕事で中国語を使うことはありませんが、中国語学習は続けています。中国は何と言っても世界最大の市場です。今後、中国語力が大いに役立つ機会があると思っています」と目を輝かせる。

中国と共に生きる

19723月、伊藤忠は国務院に友好商社として認定され、大型総合商社として初めて中日貿易を再開した。以降、まさに中国の改革開放の波に乗り、中国と共に歩んで来た。改革開放間もない頃の中国は外貨不足で、78年には日本の大型機械メーカーとの契約解消の危機に遭遇したが、伊藤忠の仲介でそれを回避し、建設遅延の大損失を免れたこともあった。四十数年間にわたる中国経済の発展と共に、伊藤忠自身も対中事業で絶えず発展を続け、2005年には日本の総合商社としては唯一、「中国外国商社および投資企業ベスト500」に選ばれた。

 

19723月、越後正一社長(当時左から3人目)を団長とする代表団が北京を訪問(写真提供伊藤忠商事)

数年前、中日関係が国交正常化以降では最低と言われていた頃、日本のメディアの報道を受けた一部の日本企業は対中業務を控え、両国のビジネス協力関係に大きな影響が出た。上田さんは、「伊藤忠に限って言えば、実際の貿易実務に大きな影響はなかった」と語る一方、「日中関係が最も冷え込んでいた数年間は、中国市場の構造変化が最も大きい時期でもありました。一つは第2次産業から第3次産業への転換、もう一つは中国国内の情報化の大きな発展です。この時期に多くの日本企業が報道の影響を受けて対中事業開拓の手を緩めたことは、非常に大きな機会損失だったと思います」と、厳しい見解も見せる。

 

伊藤忠常務執行役員、東アジア総代表兼伊藤忠(中国)集団有限公司董事長の上田明裕さん

「伊藤忠は『中国と共に生きる』を一貫して掲げ、どのような時期でも中国を最重要市場として捉えています」と、確固とした口調で語る上田さん。近年は、中国の高齢化社会突入と良質な医療サービスの需要の高まりに注目し、CITICと共同で医療サービス事業の立ち上げを検討している。日本で長年蓄積した病院運営のノウハウを生かし、北京などの病院で滅菌、消毒、人工透析、周辺サービスなどを展開し、将来的には総合的な健康産業での展開を考えている。

次世代の新しい波に乗って

AI、ビッグデータ、IoTなど、これらの新技術を駆使した第4次産業革命が始まろうとしているが、中国は多くの技術で世界の先端を走っている。伊藤忠はその動きにいち早く反応し、昨年4月に深圳オフィスを再開し、中国のITIoT関連の最新動向をリアルタイムで把握し、新規事業開発に生かしている。 北京の伊藤忠(中国)集団有限公司では顔認証システムを導入し、タクシーは配車アプリ「滴滴出行(ディディチューシン)」の企業版を使用し、キャッシュレス決済と財務処理のショートカットを実現した。「社員に中国の超高度情報化社会の恩恵を得てもらいたいんです」と上田さんは笑うが、「技術革新の利便性を感じることで、新たなビジネスに結び付く可能性もありますから」と、本当の狙いを語る。

 

奇点汽車が開発した電動SUVの新車種iS6(写真提供伊藤忠商事)

昨年8月、伊藤忠は電気自動車(EV)のベンチャー企業奇点汽車に出資した。奇点汽車は14年に創業し、AIIoTテクノロジーを駆使した新機能を多数開発している。中国で長年自動車マーケティングと販売を行ってきた伊藤忠は、奇点汽車の成長をサポートするとともに、ビッグデータのアプリケーションサービスとEV業務の経験を得て、ガソリン車の販売で培ったプラットフォームをもとに、新たな自動車関連業務の構築に努める。 対中事業の将来を尋ねると、上田さんの答えは至ってシンプルだった。「中国の次世代化の大波に乗れば、やれることはたくさんありますよ」(陳克=文)

人民中国インターネット版 2019222

 

関連文章