労働者の心の声『我的詩篇』
文=井上俊彦
中国映画を北京市民とともに映画館で楽しみ、そこで目にしたものを交えて中国映画の最新情報をお届けするという趣旨でスタートしたこのコラムも5周年を迎えることができました。中国社会がモノを消費する時代からサービスを消費する時代へと変化する中、この5年間で年間興行収入は130億元から440億元に急拡大、郊外や地方都市にもシネコンが続々開業して全国的に娯楽の定番となりました。その間にネット予約が当たり前になるなど、映画を楽しむスタイルも変化しています。そうした周辺事情も含めて中国社会の発展をよく映し出す映画は、日本人の私たちが中国を理解する一つの窓口にもなると思います。6年めもできるだけたくさんの映画をご紹介したいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。
詩を切り口に現場で働く人々を追う
今年は春節が1月28日です。このため、この時期は春節作品はまだ公開されず、クリスマス公開作品上映が続いています。国産映画に大作公開がない週末が何度か繰り返されていますが、そんな中、詩をテーマにしたドキュメンタリーが上映されると知って、昨年末市の中心部・崇文門にオープンしたばかりの映画館に出かけてきました。
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繁華街にはまだ春節の飾り付けは少ないが、広告はもうすっかり春節ムード。ユニークなものをいくつかピックアップしてみた。まず、帰省についての公共広告。映画予告広告のスタイルで、「みんなが主人公」と帰省と家族で過ごす春節を呼びかけている |
春節は7連休で旅行する人も多い時期だが、海南島は暖かさだけでなく空気の良さをアピール |
ドキュメンタリーは、北京郊外で行われた「工人詩朗読会」の様子から始まり、そこで読まれた詩の作者6人の背景にあるものを探っていくという構成でした。「工人詩」つまり労働者の詩と言われると、かつての、党や指導者を讃えたり、国家建設や労働の喜びをストレートに伝えたりする詩を思い出すわけですが、ここで朗読される詩はそうしたものとは全く異なったものでした。朗読も、たっぷりと感情を込めてドラマチックに読み上げるのではなく、普通の労働者のたどたどしい話し方、方言の影響を受けた発音で読まれていました。詩の内容も、技巧的に高いレベルにあるものではないかもしれませんが、その人にしか書けないという意味で個性を放っており、カメラがとらえたその人の生活状況と合わせて見ていくと、感動を覚えずにはいられません。そうです、これは詩を切り口に、感情を持つ人間としての労働者とその直面する現実を探っていく物語だったのです。
6人の詩人は、地下650メートルで石炭を掘りながら詩を考えている人、失業中で文才を生かした仕事に就けないか駆け回っている人、深夜の組み立てラインで孤独にさいなまれながら言葉をつむいでいる人などさまざまです。その詩には「農民工(出稼ぎ労働者)」の悲哀、遠く離れた家族への想い、失われつつある民族の伝統への憂いなどなどさまざまなものが込められています。
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春節には各地で「廟会(正月の縁日)」が開かれるが、北京市の郊外にある古鎮では「長城廟会」、テーマパークでは、「洋廟会(洋風縁日)」が呼び物ということだ。 |
中でも、生産ラインでの仕事に疲れて自殺に追い込まれていく若者の残した詩が胸に迫りました。「深夜の組立ラインで、ネジが1本床に落ちる。小さな音を立てるが、誰の注意も引かない。まるで同じ夜に、飛び降りた誰かのようだ」。こう書いた許立志は2014年9月に飛び降り自殺をして亡くなりました。日本でも報道されたのでご存じの方もおられると思いますが、以前に広東省の携帯電話組み立て工場で自殺者が相次いだことがありました。彼はそのうちの1人だったそうです。映画では彼の兄が詩を代読しました。
映画で紹介される作品はいずれも急速な経済成長を現場で支えている人々、世界の工場の末端で生きている人々の心の声が詰まったものでした。カメラは仕事現場や彼らの故郷に出向いて、詩の背景にある人間と生活を追っています。そして、そうした生活の中で詩を書くことの意味を語らせることによって、彼らが感情を持つ生身の人間であることが浮き上がってきます。
クラウド式で制作・上映にこぎつける
日曜昼間のこの回を見に来ていた観客は15人ほどで、多くが若者でした。途中でケータイをのぞきこむ人も、おしゃべりをする人もなく、本当に最後まで真剣に見ていました。上映が終わってもエンドロールまで誰も席を立たず、エンドロールが終わると拍手が起こりました。そして拍手の中、一人の女性が立ち上がると「この作品は『衆籌(クラウドファンディング)』の方式で撮影しようやく劇場公開することができました。私は関わった者としてみなさんに、ぜひお友達に勧めていただくようお願いします」と呼びかけました。関係者が手分けして劇場に出向き同じようにお願いをしているのでしょうか。こうした努力にも感動しましたので、私も呼びかけに応えて2017年第1回のコラムに取り上げさせてもらいました。上映館は多くありませんが、ご覧になるチャンスのある方はぜひ。
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北京伝奇奢華影城・崇文門店は10のホールを持つ大型シネプレックス。崇文門にあるショッピングモールの地下1階部分に、昨年末新たにオープンした |
全体にとにかくゆったりしているのが特色で、1階にはカフェも併設し待ち時間に座ってくつろげる場所に困らない。今のところ市中心部の穴場的映画館になっている |
さて、いよいよ春節が近づいてきました。今年の春節興行は例年以上に大作、話題作が目白押しとなっています。チャウ・シンチー(周星馳)とツイ・ハーク(徐克)の『西遊伏妖篇』、ワン・バオチアン(王宝強)監督・主演のコメディー『大鬧天竺』、ハン・ハン(韓寒)監督第2作『乗風破浪』、ジャッキー・チェン(成龍)主演の『功夫瑜伽』、スー・チー(舒淇)主演のコメディー『健忘村』など期待作ばかりです。というわけで、この数回はドキュメンタリーや地方作品などを紹介してきましたが、次回は大作をご紹介します(たぶん)。
【データ】 我的詩篇(The Verse of Us) 監督:ウー・フェイユエ(呉飛躍)、チン・シャオユー(秦暁宇) 時間・ジャンル:110分/ドキュメンタリー 公開日:2017年1月13日
北京伝奇奢華影城・崇文門店 所在地:北京市東城区打磨廠街7号新生活館地下1階 電話:010-67086545 アクセス:地下鉄2号線崇文門駅下車D口を出て西(前門方向)に進みすぐ左手の小さな公園を南に横切ると右手に建物が見える、徒歩2分。
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2017年1月17日