憎しみを乗り越え、友好を培う 草の根交流が支えた中日関係の60年

 

 1930年代から45年まで、日本は中国を侵略し続け、中日関係は最悪の時代だった。肉親を殺され、家を焼かれた人も多く、戦争の傷跡は深い。中国は国を挙げて抗日戦争を展開した。



 日本人もまた、中国・東北に100万人以上、取り残された。戦後の混乱の中で、多くの人は飢えと寒さにさいなまれ、恐怖におびえ、難民となって流浪した。



 それから60年。中国人も日本人も必死に生き、平和な社会をつくった。



 ここに紹介する歴史の事実や証言は、中国の人々は憎しみを克服し、日本の人々は過去の反省の上に、新たな友好関係を築こうとして努力してきた証である。


 

 その1 葫蘆島からの引き揚げ
 その2 人と人とが築く中日友好
       ◆抗日戦争に殉じた父、張自忠将軍・張廉雲
       ◆大連で迎えた日本の敗戦・劉徳有
       ◆父、孫平化と中日国 交正常化・孫暁燕
 

 

変わらぬ四十年の友情・関志豪
 

 

同じ漢字から生じる危うさ・朱建栄
 

 

壁を越えるメディアの役割・張麗玲
      ◆身体をはって日本のサポーターを守る・宋建軍
 

 

二種類の文化の狭間で・劉子亮

 


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