現在位置: Home>茶馬古道の旅
馬宿が物語るキャラバンの昔

馬宿の習わし

煙の立ちのぼる納科里村

 李さんは私たちに、家の中と周囲を案内してくれた。在りし日の「栄発馬店」の姿はすでにないが、馬方が宿泊した部屋、キャラバンが石畳の道に残した馬の足跡、馬方が暇つぶしにと刻んだ将棋盤などが、馬宿の隆盛を物語っている。

 

 当時の馬宿はとても広く、馬方のための客室と主人の寝室のほかに、荷物を置くための倉庫もあった。さらに家の西側は、百頭以上の馬を収容できる馬屋であったという。

 

当時、馬屋で使ったカンテラ

 キャラバンが盛んであった時代、夕方になると、チリンチリンと鳴り響く「馬鈴」(馬の首に飾られた鈴)の音を耳にした主人が、すぐさま馬鍋頭と馬方たちを迎えに出る。使用人たちはみんなで荷卸しを手伝ったり、客室や飼い葉の準備をしたり、馬に水を飲ませたりする。おかみさんが大急ぎで食事の支度を整えている間、馬方たちは庭でおしゃべりをしたり、将棋を指したりして待つ。木桶のような大きな蒸し器からご飯とベーコンのいいにおいが漂ってくると、馬鍋頭は草で編んだ笠のような蓋を持ち上げる。テーブルの中央に置かれた碗には、塩水、ゴマ油、唐辛子、サンショウ油などを混ぜた調味料が入っている。雲南や貴州の一帯で「サン水」と呼ばれるつけ汁で、ゆでた野菜や豆腐などを、この「サン水」につけて食べる。この地の人々にとって、欠かせないものだ。

 

米を量る「斤斗」

 キャラバンの暮らしは、幾多の峠を越えなければならず、途中で山賊の略奪に遭うこともある、危険に満ちた旅である。そのため、とりわけ食事の際にはさまざまな決まりがある。たとえば、テーブルに並べた蒸し器とおかずのお皿を動かしてはならない、というものがある。そうしないと途中で馬がひっくり返ってしまう、と信じられているからだ。レンゲはスープの入った碗に浸したままにしてはならない、というものもある。荷物が谷川や湖に落ちてしまわないように、という縁起をかつぐためだ。このような数々のタブーが、しだいに茶馬古道における厳しい決まりとして定着していった。

 

 夜、いつものように主人が夜回りをする。使用人たちはカンテラを手に、馬に飼い葉を添え、馬と荷物の数を点検する。万が一紛失しているようなことがあったり、キャラバンが旅の途中で食べるために常備しているベーコンを猫に食べられてしまったりするようなことがあれば、主人は弁償しなくてはならない。

 

李さん一家の現在の住まい

 キャラバンは、夜明け前に出発する。まだ涼しいうちに道を急ぐためである。出発の際、決して両手で戸のかまちにつかまったり、敷居に座ったりしてはならない。「柴門(柴でできた門)」と「財門(財がもたらされる門)」の発音が似ているため、「財門」を塞いでしまうと、金を儲けることができないばかりか、略奪に遭う可能性もあると考えるためだ。もしもこうしたタブーに触れるようなことがあれば、馬鍋頭はただちに「荷物を降ろせ、出発の日を変更する」と命令を下す。そして、タブーを犯してしまった者が、出発の延期によって余計にかかる飼い葉の料金を支払うことになる。こうした古い習わしは、当時のキャラバンの道のりがいかに危険に満ちていたかということを、間接的に反映するものでもある。

 

キャラバンが銀貨を運ぶための専用の皮袋を手にした刀さん
 当時の馬宿で使っていたものを撮影したいと願い出ると、刀会株さんが米を量る「斤斗」(一斤の米を盛る一斗升)、馬鈴、馬の背中にくくりつけてその上に荷物を載せる「馬架子」、および金銀の装飾品を入れる竹製の箱、馬屋で使用した照明用のカンテラ、銀貨を入れる皮袋などを持ってきてくれた。さまざまな「宝物」を見せながら、李さんが説明してくれた。「この皮袋はキャラバンが銀貨を運ぶための、丈夫で摩擦に強い鞄です。一頭の馬は左右二つの皮袋を背負います。左右それぞれに銀貨を500枚ずつ入れるため、非常に重くなります。普通の馬ではその重さに耐えられないので、最良の馬を選ばなくてはならないのです……」

 

庭の石畳の道に刻まれた将棋盤
 そんな馬宿も、もはや店をたたんでしまった。「1953年に道路が開通してからは、車が増え、キャラバンが減ってしまいましたから」と李さんは感慨深げに語った。今はどうやって生計をたてているのかと尋ねると、「5ムー(1ムーは6.667アール)の畑がありますから、妻と野良仕事をしています」と言って、菜園に案内してくれた。「この菜園の下はすべて石畳が敷き詰められていました。もともとは馬屋だったところです。キャラバンが減ってしまって、商売も立ち行かなくなりました。最後は思い切って店をたたみ、土をかぶせて野菜畑にしたのです」

 

 立ち去る前に、李さん一家の写真を撮らせてもらった。一家の健康と幸福を祈りたい。  (馮進=文、写真)

 

人民中国インターネット版

 

   >>   1   2  3  


人民中国インタ-ネット版に掲載された記事・写真の無断転載を禁じます。
本社:中国北京西城区百万荘大街24号  TEL: (010) 8837-3057(日本語) 6831-3990(中国語) FAX: (010)6831-3850