『物権法』が立退き紛争を変えた

 

鮑栄振 (ほう えいしん)

 北京市の金杜律師事務所の弁護士。1986年、日本の佐々木静子法律事務所で弁護士実務を研修、87年、東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。

 本誌の2006年6月号で、中国では不動産バブルの発生を防止するため、金融・土地・租税政策などの調整が続々と打ち出されるであろうから、不動産価格は下落へ転じうる、と書いたが、この予測は見事に外れた。ここ数年、不動産価格の高騰抑制措置や金利の引上げ措置が次々と講じられているものの、不動産価格は大幅な下落どころか、高騰の一途をたどっている。

 

中国の不動産業の好景気が続く中、土地や建物の収用がひんぱんに行われるようになった。これに伴い、開発業者と権利者との紛争も多発している。立退きはもっともホットな話題の一つとなっているが、そのうち全国的に注目を浴びた事件が二つある。

 

一つは「史上最牛的釘子戸」(史上もっとも頑固な立退き拒否者)といわれた事件である。

 

3年前、重慶市九竜坡区で219平方メートルの二階建ての飲食店が商業ビル建設用地に指定された。しかし経営者の楊夫妻は、立退き補償金が市価とあまりに隔たっているとして、開発業者と対立した。

 

同地区の他の住民280戸はすべて立ち退いたが、楊夫妻だけは立ち退かなかった。工期を急いだ開発業者は、水道と電気を停め、楊さんの店の周囲は9メートルほどの深さに掘り下げられた。楊さんの飲食店はまさに陸の孤島になった。

 

開発業者側は人民法院に飲食店撤去の強制執行を申し立て、許可を受けた。しかし、楊夫妻は、断固として立退きを拒否し、3年にわたって居座り続けた。結局、今年4月、中国全土が注目する中、楊夫妻は補償金約400万元(約6100万円)で開発業者と和解した。

 

この解決は、『物権法』の成立によるところが大きいと考えられる。これまでは、一部の地方では、立退きに際して国家の利益、公共の利益、集団の利益が何よりも優先すべきとされ、個人財産の保護への配慮が足りなかった。今年3月、『物権法』が制定され、国家、集団、個人の財産は平等に保護するものとされた。この私有財産保護の法的保証は、画期的な変革である。

 

『物権法』は、権利者の権益保護を強化するために、公共の利益を目的とする場合を除き、集団所有の土地、企業・個人の建物や不動産を収用してはならない、と収用の目的を限定し、また、公共の利益のために収用を行う場合であっても、法により補償しなければならない、としている(42条)。

 

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