モノ好きが超えるボーダー—ウェブサイト・BillionBeats―
月曜日の朝はちょっと気ぜわしい。ウェブサイト・BillionBeatsのアップデートの確認作業があるのだ。30人のチームBBのメンバーに、翌週の進行をメールで知らせる。
ジャーナリストの陳言さん、野村総研のコンサルタント・松野豊さんといった日中専門家はじめ、フォトグラファー、大学講師がエッセイやコラムを提供してくれているかと思えば、編集者や会社員がマンガを連載してくれたり、MBA留学生が中国人クラスメートを毎週コツコツとインタビューしたり。主婦の子育てエッセイもある。共通のテーマは「自分の出会った中国人のストーリー」。プロからアマチュアまで、いろんな立場の人が中国人を思い思いに描く。中国語版を支えるのは、日中のプロの通訳、清華大学日本語学科卒の若き才媛など、中国人のメンバーだ。私の役割は、陳言さん、現代アートディレクター・鳥本健太さん、通訳・勝又依子さんという3人の運営メンバーと一緒に全体を運営していくこと。
2010年に領土問題が起きた時、日本の日本人が1億総中国人嫌いになりそうな勢いを見て、え、ちょっと待って、と思った。中国人の知り合いがいる人はきっとその何割もいない。実際に住んでその土地の人と知り合うと、政治と人と人との関係を切り離してとらえることもアリだと実感する。中国人と知り合う機会がないために中国人をひとくくりに嫌うのは、あまりに残念。だってこのデッカい国には56もの民族、13億もの中国人がひしめいているのだ。
思いを同じくする日中の仲間で始めたウェブ上のソーシャルプロジェクト・Billion Beats。「億の人々の生きる鼓動」という意味を名前に込めた。
インディヴィデュアルのチームとしてスタートし、2年目の今年は11月にリアルなプロジェクトを計画していた。早稲田大学と中央美術学院の建築学生の学術ワークショップと建築家アトリエツアーをBBが運営するのだ。
そんな時にまた領土問題が再燃した。今度は2年前とは様子が違った。デモや暴動に関わったのはごく一部のヤツでほとんどの中国人は冷静だからと、中国人の友達が言ってくれる。でも、そんな彼らも「国有化」に反発している点では同じだ。また、8割近い中国人が日本製品を買いたくない、とインターネットの調査に答えていた。
日本でも中国でも、専門家から会社員や留学生まで、この小さな島を巡る問題をいろんな人がいろんなふうに「評論」している。政治も経済もねじれにねじれて、解決までは時間がかかりそう、そんな話のようだ。だが、政治や経済は相対的な状況に影響されるが、日中の間で「未来世代」だけは健やかであってほしい。小さな島の下に相当量の石油があるらしいが、石油がほしいからってケンカして国交や経済が滞って挙げ句の果てに戦争の心配をしなくちゃならないような状況って、全然合理的ではないんじゃないかと思う。だからBillionBeatsは、日中の未来世代がつながっていく5年後を信じて、変わらずアップを続ける。建築学生のワークショップも「政治と我々は関係ないから」との中央美術学院の教授の言葉で、続行が決まった。緊張感が高まる状況にもかかわらず日系企業が協賛を決めてくれたのは、ほとんど驚きだった。
日本の国内に眼を転じれば、古くなった国のシステムのOSをいまだ変えられない政治に愛想を尽かした若者が、病児支援のNPOを立ち上げたり新政府をスタートしたりしている。日中のことだって、ただ政治に文句を言っているより、できることをやってみる方が、現状を変える方向に確実に近くなる。それは1ミリかもしれないが、動かずにいるよりはずっといい。しかも、30人の1ミリは足せば3センチになる。ウェブサイトによって国境をまたぐプロジェクトだからか、このごろはインドやチリから面映いほどの称賛と応援のメールがFB経由でドドッと届いたりする。
12歳の次女が、通っているインターナショナルスクールから宿題を持ち帰ってきた。「人として恥ずべきことは?」というお題に、次女は「殺人」と「差別」と書いた。もし彼女がずっと日本の中で育っていたら、「差別」に対する感受性はそれほど敏感には育まれなかっただろう。彼女はBBの4コママンガを見てはゲラゲラ笑う。「異なり」をチャーミングに伝えるコンテンツがBBにはたくさん詰まっている。
次女から学校の友達、日本の友達、そしてそのママやパパへ、またチームBBのひとりひとりの後ろにいる日本の家族や友達に、BBの思いは伝播していく。モノ好きが集まって始まったBBは、案外日中というボーダーを超えるちょっとした風穴になるかもしれない。BB的なことがもっともっと日中の若い世代の間から生まれていくと信じている。
* BillionBeatsHP http://www.billion-beats.com
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