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内蒙古自治区ウーシン旗 草原に流れる馬頭琴の音色

魯忠民=文・写真

 ある人は、草原の美しさをたたえるには一曲の馬頭琴のメロディーが、画家の色彩や詩人のことばより遥かに優ると言う。

馬頭琴は蒙古族の人々がもっとも好きな楽器だ

 青い空と白い雲、緑の草原を天然の舞台に、祭りの装いで着飾った3000人の蒙古族の老若男女が手に手に独特の馬頭琴を持ち、名手に導かれて、『万馬のとどろき』という曲名のとおり、低くて、雄壮で、力のみなぎった楽曲を演奏した。

 これは筆者が、内蒙古自治区西南オルドスのウーシン(烏審)旗(旗は内蒙古自治区の行政区画単位で、省の県にあたる)で行われた「中国新農村新牧区文化及び民間文学芸術の郷建設経験交流大会」に参加したときの一シーンである。大会では、ウーシン旗に中国民間文学芸術家協会から「中国馬頭琴文化の都」「中国馬頭琴博物館」「中国馬頭琴文化伝承保護基地」という三つの称号が同時に授与された。

由来を語る美しい伝説

 馬頭琴は蒙古族がもっとも好む楽器で、棹の先端部分に馬の頭の彫刻が施されていることから名づけられた。蒙古族の人々の心の中では、それは純潔で高尚なものであり、仏教を信じる蒙古族は馬頭琴をいつも仏像と共に室内の上座に置く。

 伝説によると、チャハル(察哈爾)草原に、スーホというまだ幼い牧童がおばあさんと二人で、十数匹の羊を飼いながら貧しい日々を送っていたという。

3000人による壮大な馬頭琴の演奏会 馬頭琴演奏者の少年

 ある日の夕暮れ、スーホは草原で生まれたばかりの真っ白い子馬を拾い、抱きかかえて帰り、心を込めて育てた。歳月は過ぎ去り、スーホは成長して美男子の青年になり、子馬もすくすくと育って駿馬になった。全身雪のように白い馬で、見た人はだれもがこの馬を気に入った。

 ある年の春の日、領主はラマ廟の前で競馬大会を開いた。一等をとった者を、領主の娘の婿にするということだった。友人たちに励まされて、スーホは最愛の白馬とともにこの大会に出場することにした。結果、スーホと白馬はみごと一等だった。ところが領主は一等の騎手が貧しい羊飼いだと知ると、婿にするどころか、白馬を強引に買い取ろうとした。

 スーホは「私は競馬に来たのであって、馬を売るためではありません」とはっきりと言った。領主は腹を立て、家来を呼んでスーホを気を失うまで殴らせ、白馬を奪い取った。

 いい馬を手に入れた領主は、みんなに披露するため盛大な宴席を設けた。領主が馬の背にまたがったその時、あろうことか白馬はぽんと一跳ね領主を振り落とし、手綱を振り切って人の群れの中を突っ切った。「あの白馬を早く捕まえろ! 捕まえられなきゃ射ち殺せ!」と、領主は大声を上げた。兵隊たちの放つ矢が雨あられのように白馬に降り注ぎ、数本の矢が命中した白馬は、傷を負って家に帰り、主人の目の前で息絶えた。

20世紀の90年代にモンゴル国で作られた精巧な馬頭琴。ヘッド部には3頭の馬の頭が彫られ、その下には中国の神話人物や盤龍、雲紋、宝珠、蓮などの図像が丹念に彫り込まれている

ウーシン旗にある「中国馬頭琴博物館」の展示室

 その夜、スーホは夢の中で白馬に出会った。「ご主人様、私と永遠に一緒にいたいと思うなら、私の大腿骨で琴を作ってください!」と白馬は言った。目が覚めるとスーホは、悲しみをこらえながら白馬の言った通り、大腿骨で琴の棹を、馬の皮で共鳴箱を、たてがみの毛で弦と琴の弓のつるを作り、棹の先端を馬の頭の形に彫った。ここに初めて、馬頭琴のもの悲しげで訴えかけるような音色が草原に流れ、遊牧民たちの心の支えにもなったのだ。

 

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