中国式接待宴会の真実？『戒煙不戒酒』

文・写真＝井上俊彦

「今、中国映画が絶好調です。2008年には43億人民元だった年間興行収入は、10年には101億と急上昇、公開本数も増え内容も多彩になっています。そんな中国映画の最新作を実際に映画館に行って鑑賞し、作品だけでなく周辺事情なども含めてご紹介します」

中国映画誕生の地で見るコメディー

2011年2月3日、つまり春節のその日、夜通しの爆竹騒ぎで睡眠不足のまま、早朝から北京市中心エリアの大柵欄にある大観楼影城という映画館に出かけました。実はここ、1905年に中国初のストーリー映画『定軍山』が上映された場所なのです。

映画館に入ると、エントランスホールには貴重な中国映画の歴史に関する展示があり、雰囲気のいい喫茶店も併設されています。映画が好きなら、観光途中に立ち寄るだけでも価値があると思います。そして、この映画館で映画を見るなら、オススメは「1庁」です。この小さなホールは壁がれんが風で、席のイスとテーブルはともに紅木とレトロムードいっぱい。まさに、春節の朝いちばんに映画を見るのにふさわしい映画館では！？……と考えた人はどうやら少数派のようで、朝9時半からの上映にはお客さんもまばら、というか私以外には高校生くらいの娘と母親のふたりがいるだけでした。

上映作品はこの日が初日の『戒煙不戒酒』、タバコはやめても酒はやめないという意味のタイトルを持つコメディーです。主演・監督の朱時茂は、謝晋監督の『牧馬人』の主人公・許霊筠役で映画デビューしました。古くからの中国映画ファンならご存知かと思います。しかし、中国ではむしろ陳佩斯とのコンビで活躍した小品（コントのような短い劇）で知られます。

これが初監督作品ということですが、競演陣は多彩です。主人公の妻を演じるビビアン・ウー（鄔君梅）は『宋家の三姉妹』や『建国大業』での宋美齢役で知られますし、同じマンションに住む謎の美女には『ラヴソング』でレオン・ライ（黎明）の妻を演じたクリスティー・ヤン（楊恭如）、娘の彼氏には『ワンナイト・イン・スーパーマーケット』（夜・店）で主演を果たしたアイドルのキミー・チャオ（喬任梁）がキャスティングされています。友情出演として、小品の相方である陳佩斯はもちろん、この映画の主題歌を歌った孫楠や『私の1997』の艾敬などの姿もチラッと見られ、監督の人脈の広さを感じさせます。

これが中国式ビジネス宴会の実態だ？！

さて、ストーリーです。広告会社に勤務する厳保久（朱時茂）は、半端ではない酒量を武器に接待宴会で大きな契約を次々にまとめ、副社長にまで上り詰めた人物です。しかし、ある日酔って契約書にサインしたため会社に大きな損害を与え、仕事をクビになったばかりか妻には浮気の疑いをかけられてしまいます。酒が原因で仕事と家庭の両面で重大な危機に陥った彼は……。

もちろん、春節に上映されるコメディー映画ですから、主人公は酒の席でのどたばたを繰り返しながらも、仕事のピンチを新たな成功への転機に変え、家庭の危機を夫婦の絆を確かめ合う機会にしていくという、前向きな展開になっています。それだけに、私には少々意外性が足りないかなという気もしました。

物語の中で興味深かったのは、たびたび登場する中国式ビジネス宴会です。40度も50度もある強い酒で乾杯を繰り返し、まいった方が「分かった、その値段でいこう」と妥協するという、誇張が過ぎて非現実的とも感じるようなシーンです。しかし、仕事で中国を訪れた方ならこんな飲みっぷりの人物を見たことがあるはずですし、こういう宴会に出席したことがあるかもしれません。とにかく乾杯の連続、飲んで意気投合すれば書類はどうでもいい、そんな様子が描かれています。

さて、時々近所で鳴らされる爆竹の音が響いてくるなか、物語が終わって振り返ると、出口近くに数人の人影がありました。初日の初回ということもあり、手すきのスタッフが映画を見ていたようです。日本なら「職員として行儀が悪い」などと言われるかもしれませんが、私個人としては、映画館のスタッフはやはり映画好きであってほしいと思います。

データ

戒煙不戒酒

監督：朱時茂

出演：朱時茂、ビビアン・ウー、クリスティー・ヤン、キミー・チャオ

時間・ジャンル：90分、コメディー

上映日：2011年2月3日

大観楼影城

所在地：北京市宣武区大柵欄36号

電話：010-63083312

アクセス：地下鉄2号線前門駅から徒歩10分

	プロフィール
	1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

人民中国インターネット版　2011年2月10日