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本当に悪妻?『万箭穿心(風水)』

文・写真=井上俊彦

2011年には131億元の興行収入を記録するなど躍進を続ける中国映画。大作化、3D化が進む一方で、ローバジェット作品から大ヒットが生まれるなど、目が離せません。また、大都市から地方都市までシネコンの整備もこのところ急速に進んでおり、快適な映画館が増えています。そこで、実際に映画館に足を運び、北京の人たちとともに作品を楽しみ、作品に関連する話題からヒットの背景、観客の反応なども紹介していきます。

ポスター
描かれているのは悪妻の自業自得?

東京国際映画祭で話題になった『風水』が、『万箭穿心』の原題で中国でも公開されました。日本では「強烈な上昇志向が高じて悪妻となってしまう女性が送る苦闘の人生」と紹介されていましたが、私が見た印象はかなり違うものでした。ストーリーに沿って見ていきたいと思います。

物語は3人家族が新しい高層アパートに引っ越すところから始まります。実は、中国ではこの時代に多くの職場で職員に安い価格で住居が提供されており、特殊車両工場主任の馬学武(ジャオ・ガン)がその恩恵を受けたのです。妻の李宝莉(イエン・ビンイエン)が上昇志向のため不相応な高級住宅を買ったわけではありません。確かに彼女は性格がきつく、この日も引越し業者を人とも思わぬ態度で扱い、業者の前で夫も罵倒します。しかし、ふだんから妻の態度にへきえきとしている学武が我慢できず離婚を切り出すとショックを受け、3日も仕事を休んでしまいます。そして、友人の前でさめざめと涙するのです。

その後、夫が同僚の女性とホテルに入るのを目撃した宝莉は悲しみと怒りから警察に売春だと通報します。同僚との関係が明らかになった学武は、主任の職を解かれ退職を勧告されます。そして、通報したのが妻だと知った彼は長江に身を投げます。警察で見せられた、手帳に走り書きされた遺書に、母親と息子にだけメッセージが残されていることに気づいた宝莉が、自分に対する言葉を探して手帳の次ページをめくるシーンが印象的です。

一家の働き手を失った後、宝莉はより実入りのいい担ぎ屋になって息子の学費をかせぎます。息子の教育に対する執着は、上昇志向というより、自らが教育がないために受けた辛酸が原因なのではないでしょうか。夕食時に夫の遺影を片付けるように言って息子に反発されるシーンがありますが、息子を育てるため前を向かなければならない彼女には、悲嘆にくれているヒマはないのです。

北京嘉華国際影城は巨大なショッピングモールに併設されている

物語後半の「今年から高考(大学入試統一試験)が6月実施になるので大変だ」という会話から、息子・文昭の受験が2003年であると分かり、夫の自殺が1993年であることも逆算できます。この時代に担ぎ屋の1日数十元の収入は悪くありません。1993年の武漢市の都市住民平均年間所得は2700元弱ですから、彼女はその数倍をかせいでいることになります。住まいはありますから、息子に相当良質の教育環境を提供できたはずです。ただし、担ぎ屋はそのぶん厳しい労働で、仲間同士の競争もあります。家に帰ればもう寝るだけという疲れる仕事を、息子のためだけに10年も続けた揚げ句が、大学に合格した息子からの絶縁宣言でした。彼女は、それでも自分が使命を終えたことを悟り、黙って去っていくのです。

人物と背景に反映された武漢の特色

武漢は中国中部地区でも商工業が発達した交通の要衝です。ここに住む人々はプライドが高く武漢以外の人間を見下す傾向があり、よく人を罵倒するという評判があります。確かに彼女は教育がなく、他人の気持ちを顧みず手ひどい言葉を投げつける口の悪い女ですが、心は夫に離婚を切り出されて取り乱すほどもろい「刀子嘴、豆腐心」(口は悪いが心は優しく傷つきやすい)の典型です。また、担ぎ屋仲間の何嫂の苦境を救うためにぽんと数百元を与えるなど、武漢人のいい面、つまり責任感の強さと義侠心を併せ持っているのです。

11月25日には北京マラソンが開催され、『人民中国』雑誌社に近い車公荘西路でも駆け抜ける市民ランナーの姿を目にすることができた

彼女の人生は、急速に進む経済発展の末端で生きる女の凄みと悲しみを、見る側に伝えてきます。観客が、夫に対する彼女の態度を不快に思いながらも最後まで運命を見守るのはこのためだと思います。この複雑な人物の特徴を際立たせる演技は、さすが金鶏賞女優と言うべきでしょう。

また、作品中に武漢という地方都市の文化、特色が丁寧に描かれていることも見逃せません。彼女の働く漢正街は漢口地区にあり、明代からの歴史を持ち、全国十大市場に名を連ねる商業街です。文革が終わると1979年にいち早く日用雑貨卸売市場が復活、90年代にはビルが次々にオープンし、全国各地から商品とバイヤーが集まり活況を呈していきます。彼女の担ぎ屋仕事は、こうした時代背景の中で見ていく必要があります。なお、同地区は火災の頻発、環境悪化のため2011年に黄陂区漢口北市場へ移転が開始され、その500年の歴史に終止符が打たれました。武漢の人々は消え行く市場と彼女の運命を重ね合わせて見たのかもしれません。

 

【データ】

万箭穿心(feng shui)

監督:ワン・ジン(王競)

キャスト:イエン・ビンイエン(顔丙燕)、ジャオ・ガン(焦剛)、チェン・ガン(陳剛)、リー・シエン(李現)

時間・ジャンル:120分/ドラマ・愛情

公開日:2012年11月16日

北京嘉華国際影城には待ち時間をゆっくり過ごせるスペースが設けられており、利用客の評判がいいシネコン

チケット売り場もゆったりして清潔な印象だ

 

北京嘉華国際影城

所在地:北京区海淀区学清路甲8号聖熙8号ショッピングセンター5階

電話:010-82732228

アクセス:地下鉄10号線西土城駅B出口を出て、490路、392路などのバスで石板房下車すぐ

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2012年11月26日

 
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