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「あなたは幸せですか?」

 

大型連休の期間中に人並みが押し寄せた杭州の商店街
国慶節(10月1日)と中秋節(今年は9月30日、旧暦8月15日)がつながった今年の大型連休8日間(9月30日~10月7日)に、中国の観光客数は延べ4億2500万人(2011年の国慶節連休に比べ40.9%増)に達したと報じられました(『人民日報』10月10日)。日本の総人口のざっと3倍以上の「民族の大移動」が8日間に展開したわけです。

5年後に日本を抜く富裕国

この連休期間中に、中国中央テレビ(CCTV)が中国全土で実施したあるインタビューの結果を報じた特別番組が大変な話題となりました。都市のビジネスマン、農村の農民、企業労働者、技術者などに対し、突然「你幸福嗎?」(あなたは幸せですか?)と質問し、その回答、その時の態度や表情を脚色せずそのままに報じたこの番組は高視聴率となったほか、中国指導層からも絶賛されたと言われます。

中でも、「我姓曾」(私は曾です)との回答は大いに受けたようです。「你幸福嗎?」の「幸」と「姓」の発音は同じなので、「你姓福嗎?」(あなたの名前は「福」さんですか?)と聞かれたともとれるわけです。質問に答えずにいるとしつこく何度もこう聞かれた人が、うんざりしてとっさに答えたのが、実に要領を得たジョークと受けとられたというわけです。この「你幸福嗎?」や「我姓曾」は流行語となりました。『人民日報・海外版』(10月12日)は、「『你幸福嗎?』老話題為啥成了新熱点?」(『あなたは幸せですか?』という昔なじみの話題がなぜ新しい焦点になったのか?)との見出しで、衣食足りた今、文化的需要、社会環境面などで人民が幸福を感じられるような政府の執政能力の発揮が期待されていると報じています。クレディ・スイス研究院(注1)は、中国が2017年に日本を抜いて世界第2位の富裕国になると予測しており、中国人民の幸福感向上への期待は高まるばかりと言えます。

成長がなければ幸福もなし

かつてない多くの人が国内や海外を観光して回るというのは、「豊かさ」を示すシンボルといえます。今年の大型連休の人出の多さはそのことを如実に物語っていると言ってよいでしょう。その一方、期間中無料にした高速道路は渋滞、事故多発、観光地は黒山の人だかり、ごみの山などと観光客にとってありがたくない、いわば「連休病」もこれまで以上だったと言われています。連休中の出来事やCCTVの番組への反響から、「豊かさ」を「幸福感」にどう結びつけていくのかが、今の中国人民の最大関心事であり、指導者に最も期待されている事項の一つとなっていることが分ります。

さて、人々の「豊かさ」や「幸福感」と切っても切り離せないのが、経済成長(状況)にあることに異論を挟む人は少ないはずです。10月にインドのニューデリーで行われた「統計、知識および政策 第4回世界フォーラム」で、国家統計局の馬建堂局長が幸福度測定に関する中国の状況を紹介していますが、その中で、馬局長は、「GDP(成長)だけで幸福は計れないが、成長がなければ幸福にはなれない」と言っています。誰もが納得するこの言葉こそ、今の中国経済が置かれている現実を雄弁に物語っていると言えるでしょう。

安定成長パターン目指して

目下、中国は「穏増長」(安定発展)による成長パターンへの転換を目指しています。今年、第3四半期(7~9月)の実質成長率を見ると7.4%と14四半期連続で低下しました。この成長率の低下について、中国経済がハードランディングするのではとする識者もいますが、成長パターンの転換に伴う想定内の成長率との見方が支配的です。国家統計局は今年の第1四半期が前期比2.2%成長、第2四半期同2.0%成長と期を追って伸び率(1~9月では7.7%)が拡大してきていることなどもあり、「安定成長の趨勢がはっきりしてきた。通年目標の7.5%成長(注2)の実現には自信がある」としています。

GDP成長率は高ければ高いほどよいというわけではありません。このことは、2桁に近い成長を遂げてきた中国が今年の成長率を7.5%に設定していることからも明らかです。この7.5%という数値は、人民が「豊かさ」から「幸福感」を感じられる生活パターンへの転換を成し遂げるための一応の目安でもあると言えるでしょう。

消費の拡大が支柱的な政策

「三駕馬車」(原意は3匹の馬が1輌の車を牽く)という言葉があります。GDPの牽引役(3匹)は消費、投資、輸出(純輸出は輸出マイナス輸入)です。このうち、人民の「豊かさ」と「幸福感」に直接関わっているのが消費です。

今年10月、中国経済の先行きを見る上で注目すべき統計が、国家統計局から発表されました。今年1~9月に、GDP成長率における消費の貢献率が初めて投資のそれを上回ったというもので、この10年来(注3)初めての状況と発表されたことです。それによると、同期GDPに対する消費の貢献率が55%(成長率では4.2ポイント)、投資50.5%(3.9ポイント)、輸出マイナス5.5%(マイナス0.4ポイント)となっています。消費(内需)拡大は経済成長パターンの転換における支柱的政策であり、この点に関する限り、中国経済が安定発展を目指した成長パターンへと転換しつつあることがうかがえます。

また、中新ネットが全国27省・自治区・直轄市の統計データを基に集計・発表した地域GDP(1~9月)では、総じて、「西快東慢(成長率は内陸部が高く、沿海部が低い)」の状況が鮮明になってきていることがわかります。「西快東慢」から、沿海部より中西部への投資の伸び率が高かったことが指摘できるでしょう。内陸部の投資拡大が経済過熱を招かないかとの危惧する声もありますが、今のところ、生産者物価指数、消費者物価指数とも落ち着いているといえるでしょう(注4)。

輸出(外需)は、1~9月期では前年同期比7.4%増でしたが、1~6月期の同9.2%を下回っています。ただ、9月単月では過去最高額を記録していることなどから、今後は伸び率での回復も期待できます。世界第2位の貿易大国(輸出第1位、輸入第2位)となった中国の貿易拡大は中国のみならず世界が「豊かさ」を形成する上で、必要にして十分な条件でもあると言っても過言ではないでしょう。

新モデルで「幸福感」向上へ

中国経済は、「豊かさ」を実感できるほどに成長を遂げつつあると言えるでしょう。「豊かさ」は、GDP成長率などで、ある程度、測定可能です。「你幸福嗎?」はどうでしょうか。

温家宝総理は、「2012年の第3四半期はこれまでの情勢を引き継いだ上で、今後をスタートさせる重要な時期である」と語っています(注5)。第3四半期は今後の中国経済を占う上で重要な節目ということでしょう。11月に開催された党大会を経て、新指導部が誕生しました。「幸福感」の増長につながるような「メイド・イン・チャイナ」の新たな経済発展モデルが創出されチャイナ・パワーが国内外で大いに発揮されることを期待したいものです。

 

注1 スイス・チューリッヒに本社を置く。銀行証券・投資銀行業務で富裕層向け資産管理・資産運用業務などを行う。
注2 国際通貨基金(IMF)の予測では、2012年の中国の経済成長率を7.8%、2013年8.2%としている。
注3 2007年以来初と報じるメディアもある(『羊城晩報』2012年10月24日)。
注4 生産者物価指数:前年同期比で1~9月-1.5%、単月では9月前月比-0.1%、8月-0.5%、消費者物価指数:前年同期比で1~9月2.8%、単月では9月0.3%増、8月0.6%増。
注5 10月12日政財界人士、専門家・学者を前に行った座談会での発言の一部(人民ネット日本語版10月18日)。

 

(財)国際貿易投資研究所(ITI) チーフエコノミスト 江原規由

1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長をを務めた。

 

人民中国インターネット版 2013年1月17日

 

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