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文化の違い踏まえ接点を

 

劉徳有氏
現在、中日関係は国交正常化以来かつてない困難に直面している。本誌は長年にわたって中日文化交流に携わり、国交正常化の過程をつぶさに見てこられた劉徳有氏に現状を打開する知恵を語っていただいた。 (聞き手=王衆一)

――先生は中日交流事業に従事されて来られ、数多くの外交交渉の場で通訳も担当され、異文化交流の難しさを体験されておられます。まず、そのあたりからお話し願います。

劉徳有氏(以下劉)1972年の国交正常化に際して、周恩来総理は田中角栄首相との会談で、対中賠償問題に触れ、侵略戦争の被害を受けたのは広範な中国人民であって、すでに中国人民に覆され、台湾に逃亡した蒋介石は全中国を代表するいかなる資格もなく、彼が語ったいわゆる「賠償放棄」はまさに「慷他人之慨」であると語りました。「慷他人之慨」という一言は中国人ならば聞いてすぐ分かりますが、適切な一言の日本語を探すのは大変難しいですね。あえて日本語に直訳すると「中国人民のお金を使って気前の良いところを見せた」で、しかしくどいし、もとのニュアンスも伝えられません。そこで、あえて俗な言い方の「人のふんどしで相撲を取った」としたほうが日本人にはすぐ分かるのではないでしょうか。

いつでも、このような文化的な違いを意識する必要があり、交流の過程で説明が不可欠です。「蝠」は「福」と同じ発音で、中国では幸福の意味を象徴しています。北京の恭王府には蝙蝠(コウモリ)の形をした池があり「福池」と呼ばれています。しかし、日本と西洋の一部の国ではコウモリは恐怖の印象が強いので、日本人に紹介する場合には説明しなければ、理解されません。

もう一つ例を挙げると、北宋の周敦頤の散文「愛蓮説」の影響で、蓮(ハス)は泥の中に咲いても染まらないというプラスイメージです。ハスの花の図案をあしらった年賀状を日本人に出す中国人もいますが、これを忌み嫌う人もいると聞いています。仏教文化の影響が根強い日本では、ハスの花は往々にして葬儀に関連する場合に使われ、ハスの花の年賀状は誤解を招きかねませんね。

――重要なご指摘がありましたが、文化的な相似によって、しばしば「同文同種」という認識から中日文化の違いを軽視しがちで、時にこれが誤解の根源になりますね。

劉 われわれは常々、中日文化の共通性を強調しますが、それはそれとして、両者の違いをも重視し、軽視すべきではありません。両国民がこれからも、仲良くやっていくためには、相似点だけでなく相違点も見るべきでしょう。文化は中国から一方的に日本に伝わったとして、日本の独自の文化創造を軽視する認識は全体を見ているとは言えません。

1955年、郭沫若に随行して訪日した際に聞いたのですが、隋唐時代に日本は中国から多くのものを学びましたが、「扇子」は日本で発明され、中国に伝わったそうです。

文化的な違いで言えば、子規が奈良で詠んだ「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」という有名な俳句がありますね。日本人は子規や奈良をよく知っており、この句から秋、奈良など多くのことを連想できます。中国人はそうは行かないでしょう。俳句からうかがわれる日本人の思考法は大変感性的で、感度は時に中国人よりも強いかも知れませんね。

半面、違いを絶対的だと考えては問題があります。例えば、日本人が俳句や茶道について語る時、「わび」「さび」を強調します。中国語に翻訳する場合には一般的に「尚朴」に通じる「寂寥」「枯淡」と訳しますが、この訳では日本の美意識を正確に伝えているとは言えません。

「月落ち 烏啼いて 霜 天に満つ、江楓の漁火 愁眠に対す……」(新華社)

日本人は『楓橋夜泊』の「月落ち 烏啼いて 霜 天に満つ、江楓の漁火 愁眠に対す……」を好みますが、中国人より深くこの詩の境地を感じているかも知れません。毎年大晦日には多くの日本人観光客が寒山寺の「夜半の鐘声」を聞き、中には感動のあまり涙を流す人もいますが、中国人には腑に落ちないでしょうね。実はこの詩に込められている「わび」「さび」の境地が共鳴を呼ぶからでしょう。一方、中国はこうした感覚を美学の範疇にまで高めなかっただけなのかも知れませんね。

こうした美学的に共有する境地が、われわれに相互理解の共通点をもたらしています。日本の茶道裏千家の千玄室大宗匠がかつて、「わび」「さび」は消極的な面だけでなく、明るい活発な面も持ち合わせており、だからこそ茶道は中国人にも受け入れられるのだと言っておられました。

そこで私は文化的な違いを真剣に研究することを提唱しているのです。違いを認め合った上で、接点を探し、相互理解に到達できると思います。

――そうした違いを認めた上で共通点を追求する発想は示唆に富みます。文化が相互に影響し合うことによって東アジアの文化の間に相通じるところが多いことを理解できるのではありませんか。

劉 そうですね。文化的な境地という点から言っても、西洋人にとって理解が難しいことでも、東洋人ならば共鳴できます。例えば、李白のあの有名な詩『山中幽人と対酌す』に「両人対酌 山花開く、一杯 一杯復た一杯」というところがあります。中国人と日本人はすぐに二人の「幽人」―喧騒の地を離れた隠遁者―が静かな山の中で向かい合って酒盛りしている情景を連想するでしょう。しかし、米国人の中にはかつて「幽人」を「ホームレス」と理解していた人もいました。

これを先ほどお話した「尚朴」を含めて説明すると、日本は中国の易経、老子、荘子、孔子の影響を受け、特に禅の影響を深く受けていますね。日本の観念の中にはこれらの中国思想から自分なりに抽出されたものはありますが、これなども絶対化しないことが大事だと思います。

同様の理由で、中根千枝さんが言う「縦社会」、土居健郎さんが言う「甘えの構造」、また日本語のいわゆる「あいまい性」などは、西洋の「他者」と対比させれば、日本文化のアイデンティティーの重要な特徴でしょう。しかし、これを東アジア文化という背景の下に置くと、その多くの現象が中国にもあることが分かります。共鳴点を探しましょう。異なる環境の中から生まれる文化に違いがあるのは必然ですが、違いの根源をたどると共通点が見つかります。

東アジア文化という大きな視点から言うと、共生性と相違性があるということが基本的な特質でしょう。こうした発想は安易な文化の「異同」に比べて、より科学的でより正確だと思います。日本には「地下水脈はどこかでつながっている」という言い方がありますが、表面的には、日本文化、中国文化に見えますが、地下水脈はどこかでつながっていますから、ものごとの全体像を見なければなりません。これが長い間文化交流に携わってきた私の悟りと言えるでしょう。

――文化交流について切り開いてこられた独自の道に高い見識を感じます。ところで、目下、中日関係は困難に直面していますが、民衆の間にも多くの相互理解の不足があります。文化交流とこの難局打開の間に何か接点があるでしょうか。

劉 両国関係が良好だと、文化交流に対して大きな助けになります。逆に、関係が良くないと文化交流に対して、不利な影響を与えます。もちろん文化は万能ではありませんが、両国関係が良くない時であればあるほど、相互理解を増進するために文化交流を展開しなければならないと思いますね。文化交流は歌舞音曲といった表面的なことに留まってはならず、もっと奥深いところで意思の疎通を図らなければなりません。中日両国で文化研究や文化交流に携わっている学者はもっと地道に、もっと深く勉強し、双方の理解をもっと深めなければなりませんね。一方的、表面的な側面に留まっているだけではいけません。真の相互理解を推進するためには、双方の精神面に根ざしていることを探求しなければなりません。実り多い文化交流は人の心の琴線に触れる効果があります。こうした事例は、国交正常化以降数多くあり、枚挙に暇がありません。今後、難局を打開する過程でも必ず果たすべき役割を発揮するものと信じます。

 

劉徳有氏プロフィール 

 1931年7月2日、大連生まれ。 1952年から中国外文出版発行事業局に勤務、『人民中国』の翻訳・編集に従事。毛沢東主席、周恩来総理をはじめ、中国政府要人の日本語通訳を務めた。作家の有吉佐和子氏など、日本の文化人との交流も幅広い。1964年から1978年までの15年間、『光明日報』記者、新華社記者・首席記者として東京に駐在。2000年春、勲二等旭日重光章を授与され、2003年4月に、日本政府より日中文化交流・国際交流活動の面で顕著な功績を挙げた功労者として表彰される。『日本探索15年』『時は流れて――日中関係秘史50年』『日本語と中国語』など日本語の著書多数。

 

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