失われた5年間の記憶『被偸走的那五年』
文・写真=井上俊彦
ここ数年、興行収入急上昇の勢いは止まらず、ますます多くの作品が公開され、さまざまな話題が生まれている中国映画です。そこで、このコラムでは地元・北京の人々とともに映画館で作品を鑑賞し、新作や映画界の話題を紹介していきます。同時に、そこで見聞きしたものを通して、北京の人々の生活も感じ取っていければという姿勢で映画館通いをしていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
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ポスター |
何蔓(バイ・バイハー)は交通事故に遭い、目が覚めると夫の謝宇(ジョセフ・チャン)と行ったタイ・サムイ島への新婚旅行後の5年間の記憶がなくなっており、家族の話では二人はすでに離婚しているというのです。彼女は記憶を取り戻すため謝宇を訪ねます。あんなに愛していたはずの夫と離婚し、親友の路小環(ファン・ウェイチー/彼女が歌う美しいメロディーのテーマソングも印象的です)とも疎遠になっている理由を探るうち、何蔓は驚くべき事実と向き合うことになります……。
交通事故で記憶喪失というと、何やらどこかの国のドラマにありそうな設定ですが、失われた5年間に何があったかが明らかになってから、さらにもうひと山ある展開に観客は驚かされます。「劇透」(ネタバレ)になってしまうのでこのあたりについて詳しくは説明しませんが、悲劇的ラブロマンスを見終わって感じるのは、バイ・バイハーという女優さんの魅力です。新婚妻の甘えぶりの可愛らしさ、部下や同僚への辛らつさ、元夫の恋人へのいじわるから病床の憔悴し切った表情まで、女性のさまざまな面を実に見事に演じています。作品の出来うんぬん以前に、彼女の演技そのものを見るだけで価値があると感じます(これでも、かなりネタバレになっていますね……)。バイ・バイハーといえば『失恋の33日』での演技が印象的でしたが、この作品を見てあれはむしろ抑えた演技だったのだと思わされました。
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新影連・華誼兄弟影院は総面積9000平方メートル、全国的にも最多となる20のホールを持つ。およそ5分に1本の割合で上映されている計算だ |
ショッピングセンター前の道路はご覧の通り。来年開通予定の新しい地下鉄工事が進んでいるようだ |
監督のバーバラ・ウォン(黄真真)ですが、私はかつて見たカリーナ・ラム(林嘉欣)主演の『六楼後座』(2003)という、ちょっとほろ苦い青春群像劇が印象に残っています。ずいぶん久しぶりに作品を見た気がしますが、香港地区の監督が、台湾地区を舞台に、両岸の俳優を起用してラブ・ロマンスを制作するというのは、最近の両岸三地の文化、経済交流の進展を代表しているように見えます。この「合作」は大成功のようで、公開4日間で6700万元と好調な出足で、夏休みが終わった翌週に入っても、客足は伸び続けています。
4年前の年間興行収入が3カ月で!
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この夏休みには子ども向けの映画講座を開くなど、さまざまな工夫で映画ファンを育てようという取り組みをしている映画館だ |
興行成績といえば、夏休み時期にあたる6~8月3カ月間の統計が発表されました。この間に公開された作品は80本余り。興行収入は合計で60億元と、2009年1年間の総興行収入(62億元)に匹敵する数字です。市場が4年で4倍になる成長を続けている中では、両岸三地の合作に伴う諸問題も軽々とクリアーできてしまうのかもしれません。映画業界ではとにかく良い脚本、観客が呼べそうな企画を求めているという話はよく耳にします。それさえあれば、絶好調の市場を背景に資金も制作スタッフもキャストも、すぐにそろえられるからだというのです。ちなみに、3カ月の中では国産映画では『小時代』の4億9000万元を筆頭に9作品が1億元を突破しており、強力な洋画が公開された時期にもかかわらず、興行収入の過半を国産映画が押さえました。
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国慶節の連休時期に公開される『狄仁傑之神都龍王』(ツイ・ハーク監督)の衣装が展示されていた |
この日は共同購入サイトで見つけた、プラス10元でコーラとポップコーンというサービス付きチケットで鑑賞。映画館の顧客獲得競争もなかなかし烈なようだ |
ところで、この作品の後半では尊厳死の問題にも踏み込んでいます(すみません、またネタバレです)が、実は先ごろ北京市に、北京生前予嘱推広協会が設立されました。これは、いわゆるリビング・ウィルの考え方を広めようという組織です。例えば、回復の見込みのない患者が、延命治療を打ち切ってほしいという意志を明らかにする権利などについて、市民に広く知ってもらおうということで設立されたようです。また、中国中央テレビ局も尊厳死とリビング・ウィルについてシリーズ報道していました。急速な高齢化が進む中国社会では、こうした問題がより関心を集めるようになっているようです。
【データ】 被偸走的那五年(The Stolen Years) 監督:バーバラ・ウォン(黄真真) キャスト:バイ・バイハー(白百何)、ジョセフ・チャン(張孝全)、ファン・ウェイチー(范瑋琪)、阿Ken 時間・ジャンル: 108分/愛情・ドラマ 公開日:2012年8月29日
新影連・華誼兄弟影院 所在地:北京市朝陽区広順北大街16号望京華彩ショッピングセンターB1 電話:010-57620488 アクセス:地下鉄10号線太陽宮下車、B口を出てすぐのバス停から966路のバスで9つ目の停留所・利沢中街西口で下車、目の前の望京華彩ショッピングセンターの地下 |
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2013年9月9日