【レポート】若手監督に聞く中国「ネットムービー」事情
文・写真=井上俊彦
中国映画を北京市民とともに映画館で楽しみ、そこで目にしたものを交えて中国映画の最新情報をお届けするという趣旨でスタートしたこのコラムも5周年を迎えることができました。中国社会がモノを消費する時代からサービスを消費する時代へと変化する中、この5年間で年間興行収入は130億元から440億元に急拡大、郊外や地方都市にもシネコンが続々開業して全国的に娯楽の定番となりました。その間にネット予約が当たり前になるなど、映画を楽しむスタイルも変化しています。そうした周辺事情も含めて中国社会の発展をよく映し出す映画は、日本人の私たちが中国を理解する一つの窓口にもなると思います。6年めもできるだけたくさんの映画をご紹介したいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。
「微電影」が若者の生活に浸透
このコラムでも以前からたびたび触れてきましたが、中国ではネットでの映画や動画視聴が急速に普及しており、マーケットとしても存在感を強めています。先日、上海国際映画祭に行った際に、こうしたネットムービーを制作する会社SKULL FILM(韻祺文化)の監督とプロデューサーに話を聞くことができました。興味深い話が聞けましたので、今回は彼らの話を中心に中国最新ネットムービー事情をご紹介しましょう。新作クランクイン直前の多忙な時期に快く取材に応じてくれたのは、1983年生まれのブルース・チャン(張力)監督と1980年生まれのジャッキー・マー(馬仁傑)プロデューサーです。
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ブルース・チャン監督(左)とジャッキー・マー・プロデューサー。翌々日から新作の撮影が始まる多忙な時期にもかかわらず取材に応じてくれた。 |
中国でネットのショートムービー「微電影」がクローズアップされるようになったのは2010年頃からでした。チャン監督がエポックとなった作品として挙げたのが『老男孩』です。人気デュエットのチョップスティック・ブラザース(筷子兄弟)が出演する46分の作品でしたが、夢に向かって頑張る男たちをユーモアとペーソスを交えて描いており大変話題になりました。ネットでの人気を受けて2014年には劇場版『老男孩 猛龍過海』が制作され、興行収入2億元余り(1元は約16円)を記録、挿入歌の『小蘋果』は全国の広場ダンスで聞かない日はない国民ソングになりました。また、商品の宣伝を目的とするストーリー性を重視したムービーも盛んに作られるようになり、クオリティーもネット視聴者の鑑賞眼に耐えるものが増えていきました。そしてこの数年、スマホによる動画視聴ユーザー数が激増し、競争激化からオリジナルのコンテンツを求める動画サイトが、ますますネットムービーに力を入れるようになりました。
中国でも、日本や他の外国と同様に、技術の進歩でよって比較的安価な機材でクオリティーの高いムービーが制作できるようになったため、多くの人がムービー作りに参加しています。一般に数分から60分以内のショートムービーを「微電影」と呼んでおり10分、15分の「微電影」は休憩時間や通勤時間にちょっとスマホで見る視聴スタイルを確立させました。「ところが、タイトルだけおもしろそう、ポスターだけ扇情的なものが粗製乱造されだしたのです。クリック数が直接製作者の収入につながるため、こうしたものが多数作られるようになり、ユーザーはだまされたと感じ、失望しました」(チャン監督)。粗製乱造が、ネットムービーの成長を阻害しかねない大きな問題になってきたのです。そうした時に、ネットムービーに大きな動きが起こり始めたのです。
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初期ネットムービーのヒット作『老男孩』 |
注目集める「網絡大電影」
粗製乱造状態の中で、今までのショートムービーでは物足りないという層がもっと見応えのある作品を求め始めました。そこで登場してきたのが長編ネットムービー「網絡大電影」です。「網絡大電影」の定義は作品の長さが60分以上のストーリーもので、これが今、ネット動画では大いに注目されています。
動画サイトの競合が激化している中で、愛奇芸、PPS、捜狐、楽視、優酷、土豆、騰訊、PPTVといった大手では囲い込み戦略を強化、会員獲得に力を入れるようになりました。例えば、会員になって月額5元の会費を払えば広告なしに各種動画が見られ、さらに1作につき5元ほどを支払えば「網絡大電影」が見られるといった具合です。さらに、月額20元のVIP会員になると、「網絡大電影」が半額で見られる特典が付与されるサイトもあります。長編新作を見たい場合、最初の5分を無料で視聴し、気に入れば会員登録して5元ないし6元を支払って全編を見るというのが一般的です。
「網絡大電影」は、今では顧客獲得と同時に他のサイトとの差別化を図る重要なコンテンツになっています。このため、各サイトでは良質な「網絡大電影」の制作を奨励しており、優秀な人材、プロの制作チームが関心を示すようになりました。活況を呈する劇場映画市場にあって、上映許可が得られるのは年間700本程度。実際に全国の劇場で公開される作品は100本台と言われます。映画界に身を投じる若者は引きも切りませんが、チャンスは十分ではありません。チャン監督もこれまで、劇場映画制作の夢を持ちながら主にコマーシャルを撮影してきました。上海戯劇学院監督科卒業の才能あふれる彼でも、実績のない若い監督にはなかなかチャンスがめぐってきません。生活のため主にコマーシャル撮影をするかたわら、企画や脚本を練ってきました。大手映画会社に脚本を持ち込んで興味を示されたこともありますが、審査や予算、出演者などの問題があり、実現しませんでした。そうした時期に「網絡大電影」をめぐる動きを知り、このジャンルへの挑戦を決めたそうです。
それでは「網絡大電影」は誰が見ているのかということですが、チャン監督がサイト関係者から聞いた話では、ユーザーは主に地方都市に暮らし、近くに映画館がなかったり金銭的・時間的に映画館に行く余裕がない人々だと分析されているそうです。同様に、都市に暮らしサービス業や建設業の現場で働く地方出身者なども息抜きにネットムービーを楽しんでおり、次第に高いクオリティーを求めるようになっているとも付け加えています。シネコンで映画を見るには各種割引を利用しても40~50元は必要で、数元で見られるネットムービーは、収入がそれほど多くない若者たちにとって身近な娯楽になっているのです。ある市場調査によると、ネットムービー会員は昨年時点ですでに3000万人を突破しているそうです。
マー・プロデューサーは、こうしたユーザー特性を持つ「網絡大電影」には、劇場映画と明らかに異なった傾向があると指摘してます。ネットでの人気作品にはホラーやサスペンスが多く、アイドルものやラブストーリーが少ないのです。最近特に流行しているのが、いわゆる「キョンシー映画」で、現代や清代を舞台に霊能者の道士が怨霊と戦うといった内容です。中国の劇場映画には非科学的な幽霊ものに対して厳しめの倫理規制があります。ところが、ネットはまだ規制がゆるく、その間隙をつくように多数制作され人気になっているのです。現代の中国では、地方都市の若者も生活に大きなストレスを感じており、劇場映画に比べてずっと安価な、インターネット・カフェやスマホで見られるハラハラ・ドキドキの刺激あるネットムービーは、彼らのストレス解消に大きな役割を担っているというのがマー・プロデューサーの分析です。
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いわゆるキョンシーものの一つ『道士出山』。タイトルからしてなんちゃって感あふれるが、シリーズ化されるほどの人気(チャン監督の作品ではありません、念のため) |
ネット出身監督の時代が来るか!?
チャン監督は「網絡大電影」時代の到来を大きなチャンスととらえています。「以前の『微電影』は収益モデルがはっきりしていませんでした。例えば、宣伝のためにメーカーが資金を負担する場合、制作側はさまざまな要求を受け入れる必要がありました。一方、『網絡大電影』のモデルはかなりはっきりしています。有料視聴を軸にしているため、多くの人に見られれば儲かるのです。面白ければ見る人はますます多くなり、収入も増えるのですから、制作側にとっては自分の力で勝負できる部分が大きいのです」と話しています。
監督は、制作予算の少ないネットムービーでも、長編ストーリー映画を制作することは新人監督にとって、コマーシャル撮影とはまったく違う意味があると力説しています。彼は、ネットでの実績が劇場映画制作につながることを期待しており、ネットで話題作、優秀作を発表し、それが業界関係者の目にとまり、劇場映画デビューのチャンスが生まれれば最高だというのです。前述の市場調査によると、昨年制作された「網絡大電影」は622作品、今年は1600本前後に達すると予測されています。大きな転換期を迎えている中国のネットムービー、視聴可能な環境におられる皆さんは、ぜひご注目を!
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2016年6月24日