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高原の「今」を描く『白牦牛』

 

文・写真=井上俊彦

中国映画を北京市民とともに映画館で楽しみ、そこで目にしたものを交えて中国映画の最新情報をお届けするという趣旨でスタートしたこのコラムも5周年を迎えることができました。中国社会がモノを消費する時代からサービスを消費する時代へと変化する中、この5年間で年間興行収入は130億元から440億元に急拡大、郊外や地方都市にもシネコンが続々開業して全国的に娯楽の定番となりました。その間にネット予約が当たり前になるなど、映画を楽しむスタイルも変化しています。そうした周辺事情も含めて中国社会の発展をよく映し出す映画は、日本人の私たちが中国を理解する一つの窓口にもなると思います。6年めもできるだけたくさんの映画をご紹介したいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。

上海国際映画祭で上映のチベット語作品

この週末は、端午節の3連休を利用して上海に行き、上海国際映画祭正式イベントの日本映画週間を取材、中国映画も数本鑑賞してきました。その中でも印象的だったのが、青海省に暮らすチベット族の少女が経験する小さな事件を描いた全編チベット語の作品でした。今回はこれを紹介します。

舞台は青海省海北チベット族自治州共和県(有名な青海湖はこの県内にあります)の小さな村です。小学生の女の子サンジェチョマは家で飼う白いヤクと仲良しで、ヤクに向かって民話を語って聞かせるほどです。ある日、新しい採掘現場の仕事に参加したい父はヤクを売って採掘仕事に必要なトラクターを買おうとしますが、娘の猛烈な反対に遭っていったんはヤクを売ることをあきらめます。しかし彼は、妻が2人目を妊娠したこともあり、娘との約束を破りヤクを売ってしまいます。帰宅したサンジェチョマはこれを知り、ヤクを探すため家を飛び出しますが……。

作品は10歳の少女がヤクを探す「旅」で経験する出来事を通じて、観衆に対し、生命について、自然と人間の共生について考えさせる内容になっています。共和県に設立された青海省映画テレビロケ撮影基地初のチベット語児童映画で、2015年に北京大学生映画祭脚本部門で優秀作に選ばれた脚本をもとに、地元協和県の文体広電局と制作会社が制作しました。撮影したのは、1980年青海省生まれで北京電影学院卒業のチベット族若手監督です。

 

上海国際映画祭のメーン会場となった上海SFC上影(上海影城店) 今年は多数の日本映画が上映され、人気作上映時にはロビーもこの通り

開発と環境・伝統文化を考えさせる

作品ではヤクを探す少女が出会う人やものを通じて、押し寄せる開発の波の中でこの地域で伝統的な暮らしを続けてきたチベット族の人々が直面する試練を描いています。サンジェチョマの行動を追うカメラには、必ずと言っていいほど建設用クレーンが映り込みます。乗せてもらったクルマの窓からは、取り壊された古い家のレンガが残る後ろに真新しいアパート群が見えます。そして、妊娠した妻の体に起こる異変から、直接的には環境問題を訴えています。

一方で、厚い信仰心と表裏をなすように人々の考え方に残る根強い迷信も描かれています。現代文明や商業主義が人々の古き良き伝統を破壊していると、単純に訴える構図ではありません。最後に行政によって農民の苦境が救われ「良かった良かった」で終わる物語でもありません。ラストの、家族が庭にバターで作った多数のともし火を並べ、生まれなかった「弟」と帰らなかったヤクを悼むシーンでは、地方での環境保護や伝統文化尊重と開発の両立が、都会人や外国人が考えるほど簡単ではないことを感じました。

作品ではまた、家族の日常を丁寧に描き、この地のチベット族伝統文化を紹介しているのも興味深く感じました。供養のため生き物を自然に帰す「放生」に使う魚の値段や、バターを作る際に小麦粉を練ったものを木の桶のふたに貼る目止めのやり方など、本当に細かなところまで紹介しています。午前中の上映であり、全編チベット語ということもあってか、観客が少ないのがいささか残念でしたが、こうした作品を鑑賞できるのは映画祭ならでは、貴重な経験でした。

ところで、北京に戻り出勤したところ、端午節に青海省を旅行した同僚がおみやげにヤクのジャーキーをくれました。映画を見た翌日だった私は、一瞬言葉に詰まりました。

 
映画祭専用の発券機が並んだ大光明電影院 伝統ある大光明電影院のロビーも映画祭ムード満点

 

上海SFC上影(上海影城店)の小型のホールではもっぱら中国映画が上映され、熱心なファンが詰めかけた 同僚からおみやげにもらったヤクのジャーキー(泣)

 

【データ】

白牦牛(The White Yak)

監督:李加雅德(LIJIAYADE)

キャスト:彭毛切卓(PENGMAOJIEZHUO)

時間・ジャンル:95分/ドラマ・民族

公開日:2016年6月13日(映画祭上映)

 

上海SFC上影(上海影城店)

所在地:上海市長寧区新華路160号

電話:021-62806088

アクセス:地下鉄10号線交通大学駅下車、6号口から地上に出て淮海西路を西に行き新華路を右に入り直進、徒歩3分 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2016年6月16日

 

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