韓寒監督第2弾!『乗風破浪』
文・写真=井上俊彦
中国の映画はこの10年ほどで大きく成長し巨大産業となりました。この間に上映はフィルムからハードディスクに、映画館は洗練されたシネプレックスに、チケットはスマホ予約に、そして作品も多彩になりました。観客層も映画を見るシチュエーションも変化し、ますます庶民の娯楽として定着してきました。このコラムでは、大ヒット作品、気になる作品をピックアップし、ストーリーのほか、映画にまつわる話題、映画館で見かけたものも含めて紹介していきます。映画を話題に、今中国の民衆の身近でフツーに起きていることをお伝えできればと思っていますので、お付き合いいただければ幸いです。
タイムスリップして若き日の父に出会う
春節(旧正月)連休は映画界最大の書き入れ時。1月28日には注目の4作品が公開されて各映画館は大にぎわいとなりました。1日の興行収入は8億1000万元(約130億円)と、これまでの最高記録を大幅に更新しました。春節連休7日間の合計は33億8000万元で、これは10年前、2007年の年間興行収入を上回っています。4作品を当日の成績順に紹介しますと、チャウ・シンチー(周星馳)がプロデュース、ツイ・ハーク(徐克)が監督した『西遊2伏妖篇』、人気コメディー俳優のワン・バオチアン(王宝強)が自ら監督した『大鬧天竺』、ジャッキー・チェン(成龍)の新作『功夫瑜伽』、そしてこの作品です。興行成績的には4位ですが、それでも初日だけで7000万元という人気ぶりでした。そして他の作品には初日をピークに次第に下降していったものもあったのに対し、この作品はその後も順調に数字を伸ばしています。
1982年生まれの人気作家ハン・ハンは多彩な才能の持ち主で、カーレースなどでも活躍し、3年前には映画監督デビュー作『いつかまた』(後会無期 2014)を大ヒットさせました。その実績を背景に、監督第2弾は春節公開となったわけですが、前作の最終成績6億3000万元を公開9日で上回りました。
さて内容ですが、トニー・レオン(梁朝偉)が主演した香港映画『月夜の願い』(新難兄難弟 1993)の21世紀大陸部版といった趣――と説明すれば、古くからの中国語圏映画ファンには、父と子の葛藤と和解をテーマにしたタイムスリップものであることがすぐに理解していただけるはずです。徐太浪(ダン・チャオ)は、関係が良くない父親・正太(エディ・ポン)を助手席に乗せたまま乱暴な運転をして事故を起こし意識不明になりますが、気がつくと無傷のまま自分の生まれる前の20世紀末にタイムスリップしていました。そこで若き日の父親と出会った彼は、自分を生んで間もなく自殺した母親・素貞に会いたいと考え、正太と友人関係を結び彼女を紹介させますが、なんとその彼女(チャオ・リーイン)の名前は小花で素貞ではなかったのです。これでは自分は誕生しないとあわてた太浪は、二人の間を裂こうと画策します。そんな時、正太と対立するグループが抗争を仕掛けてきます……。
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シネプレックスの入る泰恒広場でも随所に春節の飾り付け | 北京市内の飲食店の多くが春節休暇に入っており、入り口には張り紙も |
日本との関係も感じられる
監督のデビュー作はユニークな台詞など文学的味わいが話題になりましたが、今回はそれに比べると映画らしい映画で、展開もメリハリがきいています。若き日の父と友人になった太浪が、彼らと一緒に問題に立ち向かううち、父は普通の庶民だが正義感に満ち、恋人や仲間を大切にし、そのために命をかけることもいとわない男だったことを理解していくという展開になっているのです。
印象的なのは、郷愁を誘う水郷の町並み(主に浙江省嘉興市丁柵でロケされたそうです)を背景に、ポケベル、レンタルビデオなどこの時代を代表するアイコンが次々登場してくることです。それらの中には日本に関係の深いものも多く、20世紀末の中国の若者と日本との距離感を見せてくれています。
音楽も同様で、何曲も馴染み深いメロディーが聞けますが、結婚式の場面で歌われる『乗風破浪歌』は、さだまさしの『関白宣言』の中国語バージョンです。そして、ハン・ハン自ら付けた歌詞はかなり原意に近いものになっています。父と息子の関係を主軸に男たちの友情も描いていて作品全体の雰囲気が極めて男性的な上に、さらにこの歌の歌詞ということで、女性べっ視ではないかとの議論も起こっています。
なお作品タイトルは、風に乗り波を砕くという意味で、困難をものともせず突き進むことを表しています。「穏中求進(安定の中で成長を追求する)」の時代に入った中国の人々が、高度経済成長時代をどんな思いで振り返っているのかが感じられる作品です。
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果物店はこの時期がかせぎ時とばかりに手土産用の箱詰めを店頭に積み上げている |
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地下鉄駅では職員たちが、見事な「黒板アート」を前に記念撮影する様子も |
【データ】 乗風破浪 (Duckweed) 監督:ハン・ハン(韓寒) 出演:ダン・チャオ(鄧超)、エディ・ポン(彭于晏)、チャオ・リーイン(趙麗穎)、ドン・ズージエン(董子健) 時間・ジャンル:102分/コメディー、家族 公開日:2017年1月28日
北京莱納恒泰影城 所在地:北京市豊台区豊台北路89号泰恒広場E座6階 電話:010-63836886 アクセス:地下鉄7・10号線西局下車A口すぐ
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市内南西部の新興住宅地に昨年末オープンしたばかりのシネプレックスは10のホール、1300人余りを収容 |
ロビーや通路はロンドンをイメージしたインテリアで統一され、高級感がある。また、大型のホールは座席がラウンドして配置されているなど、見る側のことをよく考えて設計されている。 |
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2017年2月6日