上海万博訪問記
東京大学法学部教授 新日中友好21世紀委員会委員 高原明生
広大な万博会場
「うわぁ、これは広い……!」。万博会場に到着した第一印象は、その広大さであった。東南アジア諸国のパビリオンが固まっている7号門から入場したが、タクシーを降りてから実際に会場に入るまでかなり距離がある。入場して、さあ行くぞと勇んだものの、目標の一つである中国館は、はるか彼方。もう一つの訪問先である日本館ときたら、あまりに遠くて視界に入ってこない。
上海は世界有数のメトロポリスだが、マンハッタンやロンドンなどと比べると何と言っても土地が広い。その前日、上海の名門、復旦大学の新キャンパスを案内してもらった際にも感じたことだ。さすがは大陸国である。私が勤める東京大学の本郷キャンパスは国内でも広い方だと思うが、いまや地上空間に空きはなく、地下で空いているところを掘って利用している有様だ。何という違い!
とにかく万博では行列に並ぶのが大変だと覚悟してきたので、すいているパビリオンにどんどん入る。それぞれ、その国らしさが出ていると思ったが、すいている所はたいていすいすい出られることが段々わかってくる。それでは、超人気の日本館や中国館はどのような展示になっているのだろう? ちょっと足は痛くなってきたが、途中で休みながら、期待に胸を膨らませて日本館に向かった。
繊細な日本館、雄大な中国館
日本館、続いて中国館と見学した第一の感想は、それぞれの国の特徴がよく表れているということだった。日本館は通路が狭い。そこに、四季の自然や伝統、そしてハイテクを体現した展示品が効率よく詰め込まれ、きらきらと輝いていた。さらには、きめ細やかな心遣いを感じさせる、トキに扮したコンパニオンたちも大変感じが良かった。
それに対し、中国館の特徴は何と言ってもその雄大さだった。通路が広い。そして部屋の床面積が広い上に天井が高いため、全般的に空間が広い。そこで披露される展示物は、人物が動く清明上河図をはじめ、とにかくスケールが大きい。館内にあふれる人々の活気も含めて、中国館は今の中国の力と勢いを象徴しているように思われた。
開かれた市民社会の出現
パビリオンも素晴らしかったが、実は、最も感心させられたことは別にある。会場を後にして、タクシーを探した時に誘導してくれたボランティアの態度がそれだ。恐らく現役を引退した老人たちであったが、その態度には乱暴さのかけらもなく、親切にわかりやすく行くべき場所を教えてくれた。2008年の北京オリンピック、そして今回の上海万博が中国にもたらしたものは色々とあるだろう。その中で、自発的に社会貢献する市民の増加は、最も重要な成果の一つなのではないだろうか。
また、今回の訪問では、上海が中国における対日認識先進地域だという思いを新たにした。ラーメン屋や寿司屋などの多さ、日本語の看板、そして本屋に山と積まれた日本の小説の翻訳本や漫画を見ると、中国人の対日イメージが年々改善しているという世論調査の結果も自然とうなずけた。その基礎の上に、日本館への入場を切望する人々の長蛇の列が生じたのだろう。長い待ち時間を過ごしたにもかかわらず、疲れの色を見せないで展示に見入っていた多くの人々の心には、肯定的な日本の印象が深く刻み込まれたことと思う。
日中関係の発展のために
今後の日中関係について考えてみると、大事なカギとなるいくつかの点がある。その一つは、急速な経済成長によって浮ついている中国社会が落ち着きを取り戻し、多くの中国人が日本をより客観的に評価できるようになることではないか。この点については、上海のような、開かれた都市で育つ自律的な市民社会にまず期待したい。もちろん、その一方で、より多くの日本人が中国を客観的に評価できるようになることも必要だ。
心強いのは、中国の青少年の間で対日理解が深まっているように思われることである。もちろん一部には、頭が固く、「日貨排斥」といった100年前のスローガンをすぐ口にしてしまう者もいることだろう。だが、ラーメンや寿司のみならず、アニメーションや漫画、小説や映画などを通して現代日本文化の味わいに触れる若者の数は非常に多くなっている。
「原文主義」の勧め
重要なのは、正しい情報を相手に伝えることである。「実事求是」は日中関係を発展させる上で特に大事な原則だと思う。先入観を持たず、事実が何か、そしてなぜそのような事実が発生したのか、確かな根拠を基に客観的に考えなければならない。私は「原文主義」を唱えているのだが、発言であれ政策文書であれ、気になるものがあったらできるだけ原文に当たって事実を確かめることが重要だ。
そのためには、お互いに正しい情報を相手の言語で発信することが必要になる。政府やメディアのみならず、企業、そして学校も、『人民中国』に見習って、もっと日本語や中国語で情報発信するよう大いに努めるべきであろう。
人民中国インターネット版 2010年11月