古琴 文人の指が奏でる千年のメロディー
1977年8月、アメリカの探査機「ボイジャー」は、古琴曲『流水』のメロディーをBGMに、太陽系の外に地球人の「知音」を探しに茫々たる宇宙へと旅立った。『流水』は「中国を代表する音楽」といってもいい古琴曲である。
琴とも呼ばれる古琴には、焦尾、緑綺、糸桐などの別名もある。20世紀以来、その悠久の歴史から、一般に「古琴」と呼ばれるようになった。
2003年11月7日、中国の古琴芸術はユネスコの「人類の口承及び無形遺産に関する傑作」リストに登録された。
古琴の悠久なる歴史
古琴に関するもっとも古い記載は『詩経』に見られる。「窈窕淑女、琴瑟友之(美しくたおやかな乙女は、琴を弾いて友と親しむ)」「我有嘉賓、鼓瑟鼓琴(賓客を招き、瑟を鼓し琴を弾いてもてなす)」と詠まれている「琴」とは、古琴のことである。
古琴の創始者については、古くから見解がまちまちである。いずれにせよ、およそ大昔の有名な氏族の首領たちはみな古琴の由来と関わりがあると考えられており、そのことから古琴がいかに中国古代の人々の心に崇高な地位を占めているかということがわかる。
古琴が「世界遺産」となり得たのは、中国のもっとも古い楽器であり、数千年もの長きにわたって伝えられてきたからというだけではない。精巧に作られた琴そのもののみならず、異なる時期に作られた曲が3000曲余り伝わっているほか、記録方法の独特な譜法、また数え切れない理論やさまざまな流派がある。中国文化の深奥かつ広大な精神世界を微に入り細をうがって描くことのできる古楽器は他に類がなく、古琴にはもっとも豊かな中国の伝統文化が内包されているといえる。
文人に愛された古琴
南宋の徽宗帝・趙佶が署名した『聴琴図』 |
現存する古琴曲には、文人の自然や人生に向き合ったものが多い。あっさりと落ち着いた『平沙落雁』、軽やかで奥ゆかしい『梅花三弄』、やわらかで繊細な『憶故人』、さっぱりとしてなめらかな『酔漁唱晩』、勢いの盛んな『流水』、もの寂しく悲壮な『広陵散』など、いずれも強烈な文人の気質や豊富な文化の内包を表している。
戦国時代(紀元前475年~同221年)の曾侯乙墓(湖北省随州市)から出土した十弦琴、また馬王堆3号墓(湖南省長沙市)から出土した前漢(紀元前206年~25年)初年の七弦琴は、秦の統一以前と漢代の古琴がすでに今の古琴の基本的な構造をもっていたものの、明らかに異なるところもあることを裏付けている。
もとの古琴は「半箱式」の楽器で、琴の体とつながった琴の尾は中の詰まった木であり、幅が狭く短い。この古琴には指で弦を押える場所を示す丸い点「徽」がない。南京の西善橋から出土した南朝(420~589年)のレンガに描かれた『竹林七賢と栄啓期』には、嵆康が琴を弾奏する様子が見られる。それを見る限り、魏晋時代(220~420年)の古琴は、今の古琴とよく似たものであったらしく、古琴の基本的な構造を持ち、その上に「徽」も見える。数百年の変化を経てきた古琴は、魏晋時代に一定の形に固定した。