個人目線の現代史『浮城大亨』『我11』
水上生活者とともに振り返る香港の歴史
【データ】 浮城大亨(Hundred Years of A Floating City) 監督:イム・ホー (厳浩) 出演:アーロン・クォック(郭富城)、チャーリー・ヤン(楊采妮)、アニー・リウ(劉心悠)、パオ・ヘイチン(鮑起静) 時間・ジャンル: 110分/ドラマ 公開日:2012年5月18日 |
ハリウッド大作のあおりを受けて、最近公開された国産映画には「評判は良いが観客は入らない」というケースがよく見られます。1930年に台湾で起きた先住民による抗日暴動・霧社事件を描くウェイ・ダーション監督の『賽徳克巴莱』(セデック・バレ)には、あるシネコン・チェーンが「私たちはお客様が何を選んで見るかについて干渉したことはありません。でもこの作品については見る価値があると言わなければなりません」と観客に向けてメッセージを発したことが話題になりました。その翌週公開となった『浮城大亨』『我11』も興行的には厳しいようですが、高い評価を受けています。これら両岸三地をそれぞれ舞台にした作品は、周縁的立場から時代・歴史を見る物語という点が共通しています。この週末に鑑賞した2作について紹介しましょう。
まず、香港のベテラン監督イム・ホーの『浮城大亨』は、漁民に育てられた男の子がさまざまな困難を経て生きていく姿を描いています。主人公の布華泉(アーロン・クォック)は、1940年代末の香港で英国兵にレイプされた少女が出産したものの育てられず、漁民に売られた子どもです。地元の人には「洋雑」と呼ばれますが、漁民である育ての母は彼を本当の子どもとして愛しみ育てます。やがて船から陸に上がり働きながら学ぶ華泉でしたが、そんな折に父親が他界し、生活に困った母親は弟妹たちを施設などに預けます。やがて、イギリス系企業に働き口を見つけた華泉は、上司に「Half breed」とさげすまれながらも、人一倍の努力を重ね、次第に頭角を現していきます……。
成功物語風のタイトルがついていますが、実際には家族が味わう苦しみや、成功してからもつきまとう主人公の心の葛藤に重点が置かれています。上流社会のパーティーで流ちょうな英語を話す彼が、1人になると何度も「Who am I?」とつぶやくのが印象的です。これは、数奇な運命を歩んできた香港という都市自身の、歴史に対する問いかけでもあるようです。そして、出生の秘密を知った彼に、一生のほとんどを漁民として浮かぶ船の上で暮らした母親は、「血のつながりはなくても、私のお乳で育てたのよ!」と叫びます。この母親は、多くの外来の人々が肩を寄せ合って暮らしてきた香港という都市の包容力を代表しているのかもしれません。
小学生の目を通して見る文革末期
『浮城大亨』の中では、大陸で文革の嵐が吹き荒れている時期に、香港でも起こった警官隊と労働者の衝突などの様子も描かれていますが、その文革期の山村の暮らしを小学生の目から描いた『我11』(僕は11歳)は、ワン・シャオシュアイ監督の『重慶日照』(重慶ブルース)に続く作品です。こちらは昨年の東京国際映画祭でも上映されたようですのでストーリーは詳しく紹介しませんが、文革末期の1970年代半ば、ある中国西南部の山村を舞台に(監督本人は少年期を貴州省の貴陽で過ごしましたが、ロケは重慶で行われたようです)、都市から送られてきた知識分子家庭の子どもが出会うある事件を通して、やりきれない思いで暮らす人々の姿が描かれます。
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物語では、山村で起きた事件を子どもの目からとらえているため、事件の背景にある文革についてはぼんやりとしか見えません。このためか、私の前に座っていた学生風の男性が、隣の彼女に時々「これはこういう意味だよ」と説明していました。今どきの都会の若者にとって、文革はもうはるかな歴史になってしまっているのでしょうか。
いずれの作品も、政治や経済の表舞台から離れた場所で、子どもや漁民の目から時代を見ており、この二重の周縁性が、時代や歴史を立体的に見せる作用を果たしているように見えます。『浮城大亨』の最後に、主人公が中国東北地方からの観光客に立法会大楼のあたりで道を聞かれるシーンが挿入されていますが、「外国人なのに中国語を話すんだ!?」と驚く観光客に最初は笑い、そして深く考えさせられました。
『我十一』を鑑賞したのは、観客の評価も高い北京嘉華国際影城。市内北西部のショッピングモールに併設された施設で、北京語言大学や清華大学に留学している人などには行きやすい場所にある |
北京嘉華国際影城 所在地:北京区海淀区学清路甲8号聖熙8号購物中心5階 電話:010-8273 2228 アクセス:地下鉄10号線西土城駅B出口を出て、490路、392路などのバスで石板房下車すぐ |
営業面積4500平方メートル、7ホール1410席を誇る大型シネコンで、とにかくロビーがゆったりしていて、掃除が行き届き清潔なのが印象的 |
ショップやドリンクコーナーなどのほか、会員向け休憩所も充実しており、喫茶店代わりに利用できそう |
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2012年5月23日