働く女性が母の愛に気づく時『親愛』
文・写真=井上俊彦
ここ数年、興行収入急上昇の勢いは止まらず、ますます多くの作品が公開され、さまざまな話題が生まれている中国映画です。そこで、このコラムでは地元・北京の人々とともに映画館で作品を鑑賞し、新作や映画界の話題を紹介していきます。同時に、そこで見聞きしたものを通して、北京の人々の生活も感じ取っていければという姿勢で映画館通いをしていきますので、お付き合いいただければ幸いです。
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大きな愛に目ざめる女性をユー・ナンが好演
中国映画制作人協会がこのほど発表した数字によると、5月9日の時点で中国の映画興行収入は78億円超と、前年を20億円余り上回っています。1~4月の国産映画占有率は60%強、昨年同期が40%を下回っていたことを考えると、国産映画の躍進ぶりが特に目に付きます。そんな中、今週は評判はいいのにあまりお客が入っていない作品を見に行きました。それがこの『親愛』です。
いわゆる中国残留孤児である母・李仟華(日本名・高島美智子)の葬儀を終えたばかりの雪妮(ユー・ナン)の前に、黒龍江省の貧しい農村から実母だと名乗る女性が訪ねて来ます。はじめて自分が養女であることを知った雪妮は混乱しますが、結局この女性とともに暮らすことになります。上海の日系企業で部長を務めるキャリアウーマンの彼女には、田舎の老人のやることなすことが気に障りますが、幼い息子はこの“おばあちゃん”にすっかりなついてしまいます。そして、雪妮も彼女に触れる中で、都会生活で失われてしまっていた本来の人間性を取り戻していきますが……。
主演は『トゥヤーの結婚』など中国映画のほか、ハリウッド映画の『エクスペンダブルズ2』にも出演したユー・ナン。過酷なビジネスの世界で部下にも厳しい要求ばかりの上司であり、幼い息子ともうまく接することができない女性が、2人の“母親”の愛情に触れて本当の自分を見つめ直していく様子を、少ない台詞と微妙な表情の変化で表現していきます。
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初夏を迎え、週末には輪タクが客待ちをする北京奥斯卡影城の最寄り駅・東大橋 |
地下鉄駅前にある北京奥斯卡影城入り口、ここからエレベーターで5階に |
監督はこれが初の長編となるリー・シンマン。2008年の東京国際映画祭企画展(TPG)で『赤とんぼ』というタイトルで出品され選ばれたというだけあって、しっかりした取材に基づいた脚本で、過去の日本と中国の関係、歴史にほんろうされた人々の物語が、“母の愛”というキーワードで、現代中国の働く女性、都市で暮らす人々と結ばれていくところが見事だと思います。しかも、中国人の養母に育てられた美智子、自分がその彼女の実の娘だと信じていた雪妮、雪妮を失った娘だと訪ねて来る老女の3人の関係は、近代史における中日の複雑な関係なしには成立しないものです。
「大統領がいるよ」
ところで、以前上海に住んでいたときに、ある映画館で観客が私ただ1人ということがありました。上映前、せっかくなので中央の席に座っていたら、補修のため通路を通りかかった業者のおじさんが、「おっ、大統領がいるよ!」と笑いかけました。アメリカ大統領がホワイトハウスで映画を見ているニュースを見たことがあったのでしょう。それ以来、私は観客が1人だけのことを「大統領鑑賞」と称しています。あまり笑えた話ではないのですが、実はこの大統領鑑賞、1度や2度ではないのです……。
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北京奥斯卡影城チケット売り場はゆったりしている |
今回も残念ながら大統領鑑賞になってしまいました。今年の大阪アジアン映画祭でグランプリに輝き、こちらのネット評価でも極めて高い点数がついている作品ですが、日曜日の午前11時の回(この日はこの回限り)でも私1人で、私が40元支払わなければ、上映は中止だったはずです。
最近、「国産映画絶好調!」と浮かれるメディアですが、ミニブログを拾い読みし、配給元に電話1本かけただけで作ったようなニュースがあまりに多いと感じます。こうした作品が上映されていることも、ぜひ報道してもらいたいものです。
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エントランスには映画ファンをわくわくさせる飾りつけ |
さて、お客が私しかいなくてもこの作品を上映してくれた奥斯卡(オスカー)影城は、北京でも新しい映画館のひとつで、面積3200平方メートル、6つのホールを持ちます。2つは約250人収容、4つは約90人収容で、庶民的雰囲気を持つ居心地のいい映画館です。地下鉄6号線が開通してアクセスも極めてよくなりました。ユーザーサービスも充実しており、週末でも午後1時まで半額上映しています。
※前回の『致我們終将逝去的青春』のコラムの中で、映画の後半の時代を勘違いしていたようで、その部分修正をしました。すでにご覧になった方は申し訳ありません。
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北京では晴れると気温30度も当たり前で、街角のフルーツ屋台がにぎわう季節になってきた |
【データ】 親愛(Beloved) 監督:リー・シンマン(李欣蔓) キャスト:ユー・ナン(余男)、ユー・チエン(于謙)、ウーチームー(烏吉穆) 時間・ジャンル: 98分/ドラマ 公開日:2013年5月10日
北京奥斯卡影城 所在地:北京市朝陽区工体東路20号春平広場5階 電話:010-65936538 アクセス:地下鉄6号線東大橋駅A口すぐ
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プロフィール |
1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。 1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。 現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。 |
人民中国インターネット版 2013年5月14日