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歌い上げる愛と人情 『哭恋』

 

文・写真=井上俊彦

 

中国映画はこのところ毎年20~30%前後興行成績を伸ばすほどの好調が続いています。洋画に席巻されていた時期を経て、現在は国産映画も人気を集めています。郊外や地方都市にも次々にシネコンがオープンしており、消費文化と密接に関係しながら、庶民の定番娯楽という地位を確立していると言えるでしょう。そこで、実際に映画館に足を運んで、地元北京の人々とともに話題の作品や興味深い作品を鑑賞し、作品のおもしろさだけでなく、映画館で見聞きしたものや関連の話題などもお伝えしていきたいと思います。お付き合いいただければ幸いです。

 

民謡歌手の悲恋と村人との心の交流

新年早々から拾い物の作品を見ました。内外の話題作が立て続けに公開されている年末から春節にかけてのこの時期、地方を舞台にしたローバジェットの作品はメディアに注目されないため、私もまったく気にしていなかったのですが、ネットでたまたま情報を目にして行ってみることにしたのです。しかし、公開2日目にもかかわらずこの日は北京での上映はわずか3館で、17.5影城四道口店でも朝9時台の上映が1度きり、観客は私のほかに男子学生が1人いるだけでした。しかし、見ごたえと「聴きごたえ」があり感動しました。

舞台は寧夏回族自治区石嘴市に属する平羅県渠口郷渠口村(実在する村です)で、王小花と張善良は村の民謡歌手。ある日、小花は親孝行な若者・李長寿と知り合い愛し合うようになります。以前から小花に思いを寄せていた善良は面白くありませんが、話はとんとん拍子に進み婚約も成立してしまいます。しかし、結婚が近づいたある日、長寿はバイクごと黄河に転落し行方不明になります。長寿の死を認めようとしない小花の心を解き放つには思い切り泣かせることだという村長のアドバイスを受け、善良は思いがけない行動に出ますが……。

前半は純朴な農村の人々と小花のかかわりをユーモアや歌を交えて描いていますが、後半には意外な展開もあり、悲しい結末の中に人々の善良さと未来への希望、女性の成長などが盛り込まれ後味も悪くありません。ハイライトは小花が劉おじいさんの葬儀で、歌によって息子や娘に反省をうながす場面ですが、彼女が苦しみや悲しみを経て人の心を揺り動かす歌唱力を身につけたことを観客に伝えるシーンにもなっています。

 

映画館の入るショッピングモールには一定金額をチャージしたカードで利用するフードコートなどもある

韓国系スーパーから各種専門店までが集まる庶民的なショッピングモール 

西北地区の風景と民謡の魅力も

その小花を演じるのが、2007年に勝ち残り形式で歌手が実力を競う番組『星光大道』で称賛を集めた王二妮です。私はこの映画を見るまで知らなかったのですが、「80後」の同僚に聞いてみたところ、優勝はしなかったものの独特の歌唱法、歌唱力で印象に残っており、中国では特に民謡ファンでなくても知っている存在だそうです。確かに、劇中で歌う歌が抜群にうまく、ぎこちない部分はあるにしても演技でもなかなか存在感がありました。

そして、善良を演じる王大治がとぼけた中にも純粋な気持ちを持つ農村の若者を見事に演じており、見ていていつの間にか感情移入させられました。また、「女二号」(ヒロインに次ぐ重要な役柄の女性)の丁香蘭を演じた李鳳鳴も一見普通の村の娘ですが実はミスインターナショナル北京予選でベスト10入りしたこともある美人女優で、後半になって重要な役回りを演じます。

そして、寧夏の農村の風景も見どころのひとつになっています。平羅県は銀川市の50キロほど北に位置し、漢族と回族を中心に約30万人が暮らす農村で、南から北に向かって滔々と流れる黄河に沿って、沙湖など美しい湖が点在します。「西北の魚米の郷」と呼ばれる美しく恵まれた自然が、物語に趣を添えています。

こうした美しい風景を背景に登場する、婚約を祝う湖での凧揚げなど独特の風習や地域の文化にも興味深いものがありました。一方で、行き交うクルマやバイク、香蘭が勤める店のファストフード店風の構えなど、現代文化が入り込んでいる様子も見て取ることができます。なんでも、この地の経済的潜在力に着目した浙江省の企業が積極的に投資を行っており、現在は急速に開発が進んでいるということです。

なお、エンドロールの途中で王二妮が民謡を披露する場面がありますので、物語が終わったと思っても席を立たないことをお勧めします。

街角に花火を売る仮設店舗が登場。まだ販売はされていないが、春節が近いことを感じさせる

バス停の広告も春節に関係するものが増え、街角がどんどん赤くなっている印象。今年の春節は1月31日だ

 

【データ】

哭恋(Bitter Love)

監督:リー・ジーダー(李済徳)

出演:ワン・アルニー(王二妮)、ワン・ダージー(王大治)、リー・シャオフェイ(李少飛)、リー・フォンミン(李鳳鳴)

時間・ジャンル:95分/ドラマ・音楽・地方

公開日:2014年1月10日

 

北京17.5影城四道口店の入る建物 

映画館へのエレベーターホール。映画館と同じフロアーにはビリヤード場もある 

北京17.5影城四道口店

所在地:北京市海淀区四道口2号B座京果商厦3階北側

電話:010-62115539

アクセス:地下鉄4号線魏公村駅下車、A口の北にあるバス停から85路などのバスで2つ目の皀君廟下車、前方交差点の北

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2014年1月14日

 

 

 

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