改革深化へコンセンサス
(財)国際貿易投資研究所(ITI)チーフエコノミスト 江原規由
昨年の日本の「今年の漢字」は「輪」でした。中国は「房」でした。房とは「住まい」のことです。昨年は、不動産価格の上昇が大いに物議を醸したことが、房が選ばれた要因と考えられます。因みに、房のほかでは、夢(中国の夢)、新(新指導部)、廉(清廉)、霾(煤煙・スモッグ)、倹(節約)、民(民生など)、燥(干ばつなど自然災害)、正(公明正大)、扶(親の扶養など)なども候補となりました。いずれの「一字」にも中国の世相を如実に反映していると言ってよいでしょう。
中国では、「民生の向上」が国是となっていますが、その基本である「衣」「食」「住」の中で、人民の最大の関心事が「住」にあることが分かります。
キーワードは安定成長
目下、中国は「温飽社会」(衣食が充足した社会)から2020年に「小康社会」(いくらかゆとりのある社会)の実現を目指しています。誰もが相応な房(マイホーム)を持てる社会が「小康社会」と言っても過言ではないでしょう。小康社会の実現には相応の経済成長が必要なことは言うまでもありません。中国の昨年の成長率は、23年ぶりに低い伸び率である7・5%に設定されていました。今年も7%台の成長率を予測する識者が少なくありません。改革開放以来、35年間の国内総生産(GDP)の平均成長率が2桁に近い高率だったことから、7%台成長はやや低いとみられるかも知れません。これには理由があります。
GDP崇拝論にクギ刺す
中国は「穏増長」(安定成長)を目指し、経済・社会の各層で改革を深化させつつあります。そのため、政治、経済、社会の各層でコンセンサスづくりが進行中です。
昨年12月、党中央組織部は、「地方の党と政治指導層および幹部の業績考課活動の改善に関わる通達」を出しましたが、その中で、「単にGDP(地域)の成長率をもって幹部の業績考課の指標としてはならない」「GDPの量的拡大を追求するあまり、重大な環境破壊や無暗な債務累積をした幹部には、職を辞していようとその責任を追及する」と明言、「以GDP論英雄(GDP英雄論)」を批判し、地方のGDP崇拝にくぎを刺しました。無理、無駄、粉飾のない実質的経済成長を目指すということです。この業績考課の指標については、既に、2010年12月に公布された「第12次五カ年規画(2011~2015年)に関する建議」の中で、党としてGDPに依存した考課をしないよう要求していました。
今回の通達は、党として、GDPの成長は社会保障や医療保険制度の充実、食品安全や環境保全の確保、所得格差の是正(不動産税や相続税徴収の是正を含む)、社会秩序の安定など人民の基本生活の向上のために何を成したかを考課の基準とすべきとのコンセンサスを改めて求めたことになります。経済成長の「紅利(ボーナス)」を人民に還元して行こうとする姿勢を再度表明したわけです。
注目される医療制度改革
さて、世界には民生の向上を政策の重点とする国・地域が少なくありませんが、その成果を出すのはそう簡単ではありません。
例えば、国民皆保険のオバマケア。米国は世界最大のGDP大国ですが、その米国で、オバマ大統領が公約している医療保険制度の改革がまだ済んでおらず、4700万人が医療保険の恩恵に浴していないとされます。議会や国民のコンセンサスが得られないことなどから、先進国で唯一米国だけが国民皆保険を有していないわけです。中国は、世界第2のGDP大国で、世界最多の人口を有しています。GDP成長率が比較低位となる中、医療保険制度を改革・充実するのは大事です。国是である「民生向上」との関連で、その行方には、国内にとどまることなく、海外からも大きく注目されることは明らかです。
定年延長論に大きな関心
業績考課の通達は中央と地方とのコンセンサスづくりですが、政府と人民とのコンセンサスづくりも進められつつあります。「党第18期中央委員会第3回全体会議(3中全会)」(昨年11月)で、「定年延長政策の制定を研究しなければならない」と提起されたことから、定年延長が社会各界各層で大きな関心を呼んでいます。中国では、地域、組織、機関、職能などによって定年は異なっており、今後は定年延長の意義が広く問われてくるでしょう。
巨額の財政赤字を抱える英国では、財務大臣が定年を69歳まで延長すると表明したり、また、人口老齢化など深刻な社会問題に直面しているドイツでも、2012年から2029年にかけて、65歳から67歳まで漸次延長する予定です。
定年延長は、養老年金の支給時期の変更など人生設計上の大事であり、民生向上に深く関わっています。定年延長では、中国は先進国の仲間入りをしたということになります。
国有企業の民営化を促進
さて、中央と地方、国家と人民、それでは、企業とのコンセンサスづくりはどうでしょう。中国では、国有企業改革には35年の歴史がありますが、今年はその大胆な改革年となりそうです。すなわち、第18期3中全会で、「国有企業改革を推進し混合所有制を発展させる」とし、一部の例外分野(主要民生、国家安全、重要インフラ、特殊資源など)を除き、国有、集団、民営企業間での持ち株制を積極推進すること、また、株式上場、吸収合併(特に、異業種間)、国際買収などにより、国有企業の民営化、市場化、国際化を推進していく予定です。さらに、監督管理体制でも国有企業を3分類(石油・電信など100%国家所有類、不動産・医療など投資効率化類、株式等の運用類)し、改革を深化させるなどの計画案が出されています。国有企業改革は、中国独特の社会主義市場経済の根幹に関わっています。その行方は、中国の政治・経済・社会のあり方を代弁し、世界が中国(特に、対中ビジネス)を見る視点を提供すると言っても過言ではないでしょう。
日本でも、国有だった三公社五現業(国有鉄道、電信電話公社、郵便、アルコール専売など)の民営化を実現した経験があります。当時の民営化の方法論、今日の国民経済におけるその効果の有無など、国情は異なりますが、今後の中国の国有企業改革の行方を見る上での参考となるのではないでしょうか。
このほかにも、中央と地方、人民、企業とのコンセンサスづくりは枚挙に暇なしです。ここで紹介したのはその1例に過ぎません。中国は、地方、人民、企業とのコンセンサスづくりを通じて、改革開放を深化させているという点で、改革開放の歴史に新たな1ページを刻んでいると言えるでしょう。
(財)国際貿易投資研究所(ITI) チーフエコノミスト 江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長をを務めた。 |
人民中国インターネット版 2014年2月26日