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経済ソフトウエアをバージョンアップへ

 

4月に中国国家統計局が発表した公式統計によると、今年第1四半期(1~3月)の国内総生産(GDP)成長率は大方の予想(8%)をやや下回る7.7%でした。ただ、消費の成長率への寄与率は55.5%(7.7%成長に占める比率は4.3ポイント)(注1)で、2012年(5.18ポイント)をやや上回りました。数字の上からみる限り、中国の経済成長は消費がけん引しつつあることがわかります。

目下、外需から内需主導への経済成長パターンの転換を目指す中国では、消費拡大による経済成長に大きな期待がかかっています。2020年までにGDPと一人当たりの国民所得を2010年比で倍増させる目標を掲げていますが、消費拡大の行方がこの倍増目標の実現に大きく関わっていることは論をまたないでしょう。ちなみに、先進諸国のGDP成長率における消費の寄与率は60~70%とされています。

「三公消費」の抑制を指示

その半面、拡大を抑えようとしている消費もあります。三公消費(公務員による公用車、公費接待、公費海外出張関連の消費)です。4月19日付け『人民日報』は「毎年の三公消費が9千億元(約13兆円)というのは根拠のないうわさ」と報じるなど、三公消費には各界から高い関心が寄せられていることがわかります。三公消費にはいろいろな風評が飛び交っているようですが、公費支出は少ないに越したことはないのはどこの国・地域でも同じでしょう。今年3月の全国人民代表大会(全人代)で就任した李克強新総理は、同月17日の記者会見で、「今期、政府関連建築物の新規建設を一律に認めず、財政支出を伴う要員および公費接待、公費出国、公費による車両の購入は減らすことはあっても増やさない」(注2)と、清廉政治の姿勢を表明すると共に行き過ぎた三公消費に釘を刺しています。

新ベクトル示す5ルート

国家の新指導部が誕生してから約2カ月過ぎました。その間、三公消費への言及もさることながら、機構改革、税制改革、都市化推進、社会保障の充実、格差是正、汚職取締強化などに関わる各種方針、積極的措置が矢継ぎ早に打ち出されてきています。それらを一言でくくるとすれば、「中国経済のバージョンアップ(昇級版)」(注3)に向けての一連の施策ということができるでしょう。この「バージョンアップ」にはいろいろな概念が含まれていますが、中国経済の行方を指し示す新たなベクトルと言えます。あまり適切な例えではないかもしれませんが、コンピューターで言えば、ソフトウエアのバージョンアップと言えるでしょう。このバージョンアップには5ルートあるとされます。すなわち、

①内需拡大を足場に世界と向き合い、アジア・太平洋地域との関係を深める

②経済成長の質的および効率的向上を図る

③人民の就業機会と収入増を図りサービス業の発展を重視する

④環境・資源の制約問題には毅然と取り組む

⑤制度創新によるメリットを求める

コンピューターのバージョンアップは、時代のニーズにあった機能の充実と使う人のための操作性の利便性が期待できますが、中国経済・社会においてはどうでしょうか。

江蘇省・建湖県で養魚池を活用して建設された太陽光発電のパネル群

「行大道、民為本、利天下」

李総理がその記者会見で香港フェニックスTVの質問に回答した「9文字方針」の中にバージョンアップ後の中国経済・社会の姿が集約されているようです。すなわち、「行大道、民為本、利天下」(大道を行く、民を基本とする、天下を利する)です。

「行大道」とは、改革を深化させること=経済成長パターンの転換、産業構造の調整など。「民為本」とは民生の向上を図ること=教育、就業、住居、医療、社会保障の充実など。「利天下」とは、大局的視点に立った果敢な施策をとること=行政の簡素化、権限の見直し・委譲、清廉政府による施政など。これらは、前述の中国経済バージョンアップの五つのルートに符合しています。

「9文字方針」は突き詰めて言うと、「民」への配慮が核心です。李総理は、同じ記者会見でフランスの記者の質問に対し、「バージョンアップとは、発展の中で、人民がきれいな空気を吸い、安全な水を飲み、安心して食べ物を食べられる日常生活を構築することでもある」と答えています。「9文字方針」の9文字をみていると、筆者は、今からちょうど150年前の1863年に米国のリンカーン大統領が行ったゲティスバーグ演説の一節が思い起こします。「人民の 人民による 人民のための」政治のことですが、英文のof the people, by the people, for the peopleも九つの単語です。時代は変わっても、人民への配慮を前面に押し出しているところは合い通じるところがあります。「9文字方針」も時代を乗り越えて人々に訴え続けて行くことを期待したいものです。

エネルギー源転換を優先

1972年にローマクラブが発表したレポート『成長の限界』が全地球的な話題となったことがありました。その核心は、「世界が今のやり方(成長)のままのシナリオで進んで行くとすれば、やがて、地球上の成長は限界に達する」というものです。特に、化石燃料(石油、石炭など)に頼りすぎた成長パターンに警鐘が鳴らされたものです。発表以来40余年が経ちましたが、目下、世界は多くの点でレポートが指摘した現実に向かい合っているとする識者は少なくありません。

現在、世界は第三次産業革命の時代に入ったと言われます。その要点は、発展のエネルギー源を化石燃料から自然・再生可能エネルギー(風力、太陽光など)へと転換して行こうというものです。目下、中国は世界最大の石油輸入国であり、化石資源消費型の産業構造となっています。同時に、世界有数の自然・再生可能エネルギー生産国でもあり、特に、風力発電能力では世界最大です。中国経済のバージョンアップの実現に向けたシナリオには、エネルギー源の転換が高い優先順位となっていることは明らかです。その意味で、このバージョンアップは中国版の第三次産業革命のルートを提示しているとも言えるでしょう。

 

注1

GDPの内訳は消費、投資、輸出(純輸出)。同期の投資の寄与率は30.3%(2.3ポイント)、輸出14.2%(1.1ポイント)『毎日経済新聞』2013年4月16日。

注2

新政権の「約法三章」といわれる。漢の高祖(劉邦)の定めた法規三章に由来する。

注3

李克強総理が4月17日の記者会見で初めて言及したとされる。

 

(財)国際貿易投資研究所(ITI) チーフエコノミスト 江原規由

1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長をを務めた。

 

人民中国インターネット版 2013年7月

 

 

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